子犬のワルツ

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「爆破対象は全体としては東へ向かっているな……ヒステリアめ。調子に乗れるのも今のうちだ」

ヒステリアの爆撃の標的にされた大川公園。笛吹警視は車から降り、唸り声を上げる。

「必ず私が尻尾を掴んでやる。もっとも、笹塚、君は早期解決など望んではいないだろうがね」

運転席から降りてきた笹塚さんに向けて、意地の悪い笑みを浮かべてみせる。

「この事件が解決すれば、私の目は、君の失態と君のインチキ頼みの素性暴きに向いてしまうのだから」
「それはマズイですね。だって事件はもう直ぐ解決してしまうかもしれないし」
「?!」

そう嘆くのは、長身の「好青年」ネウロだ。もっとも、口ではマズイなんて言いつつも、その表情は上機嫌そのもの。今にも鼻歌が出そうな雰囲気を纏い、ベンチに浅く腰掛けている。

「どうも、笛吹警視」
「おまえら、どうしてここに?!」
「決まってます。後から行くとシャットダウンされるので、先回りしたのです」

笹塚さんが呆れたようにため息をつく中、笛吹警視は「そんなことは聞いてない!」と声を荒げる。

「まだ爆発してから20分も経ってないんだぞ! なぜこう都合よくもおまえらは現場にいる! さてはやはり、犯人と何らかの繋がりを持っているな?!」

確かに、そう勘違いされてもおかしくないばかりの事件遭遇率ではあるけど。

「いいえ、違います。昨日の爆破は偶然近くにいましたが、今日は違います。爆破の順番を読んだのです」
「順番……だと?」

ネウロが笛吹警視とそんなやりとりを進める中、笹塚さんはやや冷たい視線を私たちに送っていた。

「弥子ちゃん。帰れっつったはずだけど? いられると迷惑なんだってば。柚子ちゃんも、本当に反省してんの?」
「ふーんだ。こちとら自由の身の女子高生ですよーだ。権力の手下さんの言うことなんか、聞く耳持ちません」
「手下……まあ……そーね……」

ショックを受けたような笹塚さん。私は小気味よく感じ、彼女の背中を「ナイス、桂木弥子」と小突いた。

「よく言った。そうよ、この男そこらの男よりもよっぽど有能なのに権力の言いなりになって運転手なんか成り下がってる情けない男なんだから」
「褒めるか貶すかどっちかにしなよ柚子さん。あと、私のこと心の中でフルネームで呼ぶの、さすがにそろそろ余所余所しすぎ!」

桂木弥子はぷんと私にまで背を向ける。何これ反抗期? 不意打ちにオロオロする私を見て笹塚さんが「君は万年反抗期だよ」と何かを堪えながら呟いた。
さて、ネウロと笛吹警視はと言うと。

「犯行予告のカードの一行目を見てください。爆弾魔の綴りが違っていますね?」
「そんなことはとうに気付いてる。頭の悪い犯人が間違えたんだろう?」
「何件もの爆破を成功させた犯人がそんな単純なミスを犯すとは思えません」

ネウロが桂木弥子の頭を鷲掴みにする。

「そこで先生は、爆破場所に共通するものを探したのです」
「……名前……人名か!」
「その通り! 犯行現場の建物や場所には全て人の名前が入っているのです。それを暗示するためにわざとスペルを人名にしたものと思われます」

ワクドナルドも創設者の名前に由来しているなあとふと思う。

「犯人はそれを順番に爆破しながら、少しずつ東に進んでいます」
「根拠に乏しいぞ」

笛吹警視は眉根を寄せる。

「人名が入ったビルなどいくらでもあるだろう。むしろない方が珍しい」
「……一番最初の犯行から3ヶ月もの間に、ヒステリアは6件もの爆破を行なっています。その6件の現場の頭文字を小文字で表しました」

そう言われると思ったとばかりにネウロが紙を取り出し見せてみせる。

「これをひっくり返すと……」

bommer。ーー爆弾魔だ。

「ほら、この通り、犯行カードの1枚目となるのです。今までの十数件の犯行で、犯人はこのパターンを繰り返しています」

唖然と黙り込む笛吹さんを横目に、ネウロは淡々と説明を続ける。

「昨日の現場の2件はw。今日はo。とすれば、次はqですが、この国でqのつく名前の建物は非常に珍しい。このパターンで何度も狙えば、いずれは誰かが気付くでしょう」

おそらくこのパターンは今回で終わる。ネウロはそう言い、その場にいる者が何となしに東へ目線を向ける。

「最後の目標に相応しいqがつく建物……」

遠くの都会のビル群の中でも一際目立った光を放つ商業施設に、私たちは自然と答えに辿り着き、まさかと顔を見合わせる。

「そう。クイーンメアリーズホテル70階! 順番に従うならヒステリアは間違いなくあの建物を選ぶでしょう」

ネウロが片目を瞑ってみせた。

「さあ。あなた方の自由ですよ? 先生を信じてあのホテルに何らかの対策を講じるか、それとも信じずに大惨事の可能性を指を咥えて見てるのも、もちろんありですが」




クイーンメアリーズホテル。外資系企業を中心に3年ほど前に建てられた巨大ビルだ。
宿泊はもちろんのこと、オフィスやジム、レストラン街、ショッピングモールまで何でも揃い、ホテルと言うよりは総合レジャー施設と言ったほうが実情に即しているかもしれない。

「すごいんだよ、ここ。宿泊費もお土産の値段も、私なんかが住む世界とは桁違いで、他にも何でも揃ってるらしいよ」
「ほう」
「中華の有名店とかもあるんだよね。ぜひ一度は行きたいなあ……」
「美味しかったよ」
「えっ柚子さん食べたの?!」
「結構前……ユキ兄の就職祝いで」

その頃、私が15歳でユキ兄は18歳、久兄は32歳だ。久兄は若手の中でも出世頭で、たまに家で電話越しに見せるテキパキと仕事を進める格好いい姿に、私たち兄弟は強く憧れたものだ。ただ、無能な社長のせいで、その能力と人望と責任感と、それと丸投げ社長のせいで、その頃から彼にはほとんど休みがなかった。早く大きくなって久兄を支えたいねと夢を語っていたユキ兄が一足先に久兄の元で働くことになり、ユキ兄は夢が叶った喜びで瞳をキラキラさせて……

そうだ。それまでは、3人で生きていこうと言っていたし、ユキ兄とも一緒に久兄を支えようなんて言っていた。それまでも妹だからと守ってくれていたけど、今ほど何でもかんでも遠ざけて箱に入れようとするような執着はなかった。
なんでだろう? ユキ兄が過保護になったのは。
いつからだろう? 久兄の元で働ける喜びで輝かせていた瞳が、あんな底なしの暗闇に浸かってしまったのはーー

「地上35階の野外庭園が絶景でオススメらしいぞ。ぜひ一度行ってみたいな、ヤコ」

ネウロのはしゃぎ声で我にかえる。桂木弥子が身の危険を感じたのか私の腕にしがみつく。ぜってー落とす気だ、と呟く彼女の手を私は振りほどかない。
私はどちらかと言うと年上の男性に囲まれて育ってきた。仲良くなったのも、同年代の匪口が精々。あまり経験はなかったものの、年下の女の子に懐かれ頼られるのは嫌いじゃない。

危ないことはやめろと言いつつ、何だかんだきっちり射撃のことを教えてくれた笹塚さんも、もしかしたらこんな気持ちだったのかも。少し遠くの刑事たちへ目を向けると、険しい表情の笛吹警視が目に入った。

「あのガキの推理……一見筋が通っているが、所詮は推測の域を出ていない。これだけ巨大な建物を爆弾から警備するのに、どれほどの人と金がいると思う? 確証のない推理を信じて大量の警官を投入するなど、管理者側の私から見れば愚の骨頂!」

かかるコストに見合うだけの根拠がない、と笛吹警視は吐き捨てる。その眉間には皺が深く刻まれている。

「だが笛吹。何だかんだでここに来たアンタも、次にここがターゲットになる可能性を否定しきれてないんだろ?」

笹塚さんの口調は言葉を選びながら話しているのか、ややゆっくりだ。

「だけど、責任の大きい立場だから軽々しい判断は下せない。……俺でよけりゃ、何かしら対策練ってみるけど? 何も背負ってない身だし」
「笹塚! おまえが知ったような口を聞くな!!」

隣でネウロと攻防を繰り広げてた桂木弥子が突然の怒声に驚き私の腕をぎゅっと掴む。

「私がここまで来るのにどれだけの重責を負ってきたと思ってる! 途中で投げ捨てて逃げ出したおまえなんかに、責任の何たるかが分かってたまるか!」

尋常じゃない剣幕ではあるものの、ただの罵倒というよりは、どこかやり場のない悔しさを吐き出しているような叫びだ。その時彼ばかりは彼が嫌味な上司ではなく……むしろ、離別した日に私に向けて叫んだユキ兄のような切実さを感じた。

「……まあまあ、2人とも」

ネウロが桂木弥子をまるで砂袋のように軽々と振り回し、笛吹警視と笹塚さんをなぎ倒した。

「先生が怒っていらっしゃいますよ。この私の推理を信じないのかってね」

痛む頭を抑える3人に、ネウロが高らかに宣言する。

「あなた方がどのように受け止めようが、先生の凛々しい頭は確認に満ちています。ヒステリアの次のターゲットはここであると。残る問題はいつ、どうやってここに爆弾を設置するか、です」

自信たっぷりなネウロに、笛吹警視が反論を探すように口をパクパクさせる。それが声になる前に、笹塚さんが溜息をついて「わかったわかった」と割り込んだ。

「あとはこっちでやっとくから、おたくらは帰りな」
「あっ! また追い出そうとしてる! 私が何をしたって言うんですか!」
「頭突き」

しっと手で追い払う笹塚さんがこちらを見る。

「言ったろ。いられるとめんどいんだってば。石垣、連れてけ」
「……はあ」

後輩らしき若い刑事が私たちを追い立てる。

「ほらほら帰った。おまけ付きのお菓子の方をやるから」
「いりません!」

何だかんだでホテルの出口まで追いやられてしまう。

「もー。今まではオッケーだったのに。結局追い出されちゃったね」
「まあよかろう。警察同士のつまらん漫才に興味はないしな」

ネウロは本当に興味がなさそうだ。

「それに、奴らに大々的に警戒する気がないならむしろ好都合。我々は後日、普通の客のふりをして、あの建物を調べれば済む話だ。隅々まで調べれば、爆弾を仕込むポイントは分かる。柚子」
「はいはい。ホテルの見取り図でも用意しておけばいいんでしょ」
「頼んだぞ」

ニヤリと笑うネウロ。私は大きく伸びをすると、事務所に向けて歩き出す。もう一仕事しなくちゃと思う私の脳裏で、笛吹警視のあの心からの慟哭がどうもユキ兄の叫びと重なって離れなかった。
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