子犬のワルツ

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登る煙にビルが崩れ落ちる音。笛吹刑事は立て続けに起きた爆発と推理が外れたショックで声も出ない。

最初に動き出したのは、笹塚さんだった。

「はー….…行くぞ、石垣」
「……は、はい!」
「ま、待て! 指示もなくどうするつもりだ!」
「俺らがいくべきはあっちだろ? ここはこの人らに任せりゃいい。俺らより詳しくこの現場を知ってるんだし。それに2つの犯行の関連性を探すなら、少しでも現場をかじった俺らが行くほうが、」
「誰が君の意見を聞くといった?!」

笛吹刑事が凄い剣幕で笹塚さんに人差し指を突きつける。

「指揮をとるのはこの私だ! 君は黙って私に従ってればいいんだよ! 使えないんだからしゃしゃり出るな、この無能め! 君と私の能力の差は知っているだろう!」

違う、彼は全然無能なんかじゃない。マシンガンのように出てくる罵倒に思わず口を挟みたくなる。大抵の警察官なら勝てる自信がある。そんな私もあっさり押さえ、圧倒的な射撃の腕を持つ彼は、全然無能なんかじゃない。

口を開きかけて……止める。今、そんなことを言っても笛吹警視に私の言葉は届かない。笹塚さんが困るだけだ。彼は今警察の縦社会の中で生きている。いくら腹が立っていようと、その基盤を外野の私が不明瞭でグレーな材料を根拠に崩すわけにはいかない。

「……悪かった。指示をよろしく、警視」

現に笹塚さんは黙って彼に頭を下げている。自分より上の立場である笛吹刑事に従うことが、彼の生きる世界におけるルールなのだから。それは私には痛いほどに理解できる。

「よろしい! 引き続き運転手をしてもらおう! 現場では私の指示だけ聞くんだな!」

だって。能力は把握しているから大人しくして自分の言うことを聞けと言う笛吹警視は兄さん達にそっくりだし、それに逆らえない笹塚さんはまさに、過去の私そのものだ。

大きな歩幅でずんずん歩く笛吹刑事が歩みを止め「そうそう」とこちらに語りかける。

「あっちに着いたら現場の者に君達を徹底的にシャットアウトするように言っておく。もう来ても一切現場には入れんぞ」

間抜けな一般人がいても士気が落ちるだけだからな。彼の嫌味は留まることを知らない。

「だが喜ぶがいい。この捜査が続いている間だけは、君達は私の追及を逃れることができるんだ。だがそれも束の間! 待っているがいい! 私の力を持ってすれば、君達の胡散臭い素性を暴くことなど、造作もないことなのだからな! ふはははは!」

彼の口から嫌味がマシンガンのように放出され、桂木弥子はただ呆然と立ち尽くしている。その隣で私は煮え繰り返る怒りを腹のなかでこなしながら、どうしたらこの男を黙らせることが出来るのか延々と考えていた。




「何なのあいつ! あの角の立つ言い回し!」
「ふむ。推理が外れて赤っ恥をかいたわりに、まだまだ元気だったな」
「そーよ! 自分のこと棚に上げてさ! 大体誰も彼も人のことを胡散臭いって……フツーの女子高生だっつーの!」
「つけるか?ほっかむり」
「いらない! それに笹塚さんも笹塚さんだよ! あんだけ好き放題言われて言いなりになってるなんて!」
「フン。それが階級というものなのだろう。発達した世界には、逆らえない順番が必ず発生する」

ほっかむりを被る桂木弥子に向けて、ネウロはこの世のヒエラルキーを語る。黙ってタイピングを続ける私に、桂木弥子が「柚子さんは腹が立たないの?!」と話を振ってきた。

「立つよ」
「だよね!」
「でも、私が何を言っても変わらないよ」
「どういうこと?」
「私があの場で何を言おうと警察組織の完璧な縦社会は揺るがないし、あの笛吹警視も聞く耳持たないよ。ますます笹塚さんの立場を悪くするだけじゃん」
「そりゃそうだけど……でも腹立つじゃん!」

桂木弥子が悔しそうに地団駄を踏む。けれど、現実はそう簡単にはひっくり返らない。ましてや外野の力なんてたかが知れている。

「……もし、あの関係をぶっ壊したいなら、方法は2つ」

プリンターの電源を入れながら私は呟く。

「方法?」
「相手と同じ土俵の上で戦って笛吹警視を完膚なきまでにぶっ潰すか、笛吹刑事よりも偉い人間を掌握して完膚なきまでにぶっ潰すか」
「怖いこと言ってる!? ていうか、どっちにしろぶっ潰してる?!」
「ふむ、革命か。稀に起きないわけではない」

ネウロが口を挟み、私は紙を印刷しながら小さくうなづく。たとえば狐は圧倒的な捕食側だが、ニワトリ6000匹の群れの中ではなすすべなく突つき殺されたという。
完璧なピラミッドを壊すには、爆弾がいる。圧倒的な数の暴力、切り札となる能力、そして……外敵の存在。

「敵の敵は味方って言うじゃない?」

雛の長は群れの中では強くても、外敵からの襲撃には弱い。一番初めにネウロが教えてくれたことだ。印刷が完了したヒステリアの捜査資料をネウロに突きつければ、彼はほうと片眉を吊り上げた。

「貴様、飼い犬の分際で我が輩を利用するつもりか」
「この程度のご褒美を望んで何が悪いの?あんただって散々私たちをこき使ってるじゃん。利用しあってギブアンドテイクでいいでしょ」
「柚子さん、利用し合うんじゃなくて助け合うって言葉を使おうよ」

珍しく桂木弥子が怒ったように口を挟む。笛吹刑事に対する怒りの矛先が私に向いたんだろうか。

「私たちは同じ事務所の仲間なんだから、腹の中まさぐりあう必要なんてない。やってほしいことがあれば、言ってくれればいいの。そしたら私だって頑張るし、ネウロもなんとかしてくれるよ」

桂木弥子が真剣な顔でまっすぐ私を射抜く。仲間なんて、早乙女事務所でも使われなかった言葉だ。吾代さんが聞いたら毛虫を見つけたような表情を浮かべるに違いない。素直に笑顔で受け取れないけど、心の中で馬鹿にする気分にもなれない。結局わたしは唇を少しすぼめながら「私たち、別にそんな間柄じゃなくない?」と誤魔化したのだった。

「間柄だよ! だってちょいちょい優しくしてくれるじゃん」
「別に優しくなんてしてないし」
「楽観的なのはいいがヤコ、我が輩は謎に関係することにしか首を突っ込むつもりはないぞ」
「でもネウロだって今回もヒステリアの謎を解くつもりなんでしょ?」

ネウロが目をぱちくりさせて桂木弥子を見つめる。そのあと、ゆっくり立ち上がり、私の手から資料を奪う。

「……人間如きが小賢しいことを」

資料をパラパラと捲ると、丸めて桂木弥子の頭を叩く。

「あいたっ!」
「ヒステリアですら順番を守っているというのに、貴様らときたら、立場も弁えず順番を乱そうとしてばかり。全く困ったしもべたちだ」

頭を抱えて目を回す桂木弥子を見下ろすネウロの口元には、しかし笑みが浮かんでいた。
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