子犬のワルツ

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「おやおや。これは随分派手に飛び散らせたものだ」

謎の気配を追って辿り着いたのは、某ハンバーガーチェーンワクドナルド。高校生の時によくここで放課後遊んだ日々を思い出す。店のレイアウトはほとんど変わっていない。
ただ、頭半分が吹っ飛ばされ血まみれの死体が野次馬の向こう側に横たわっていることを別にすれば。

「警察も既に来てしまっているようだしな。さて、どうやって捜査に乗り込むか」

思案を巡らせるネウロ。その時人垣の中から「またあいつの仕業らしいぜ」と興奮したような声が飛んできた。

「えーやっぱりぃ?」
「爆発の音を聞いた時点でそうかもと思ったけど」
「一体いくつ仕掛けられてるんだよ……ヒステリアの爆弾は!」

ヒステリア……最近巷を騒がせている無差別爆弾魔だ。爆発の規模も対象もバラバラで、警察もまだ捕まえられていない。

私は爆弾魔、だから私はカワイイ。私の名前はヒステリア。
そんなメッセージカードと共に首都の各所に爆弾を仕掛け、人を殺して回ってる傍迷惑な犯罪者だ。

「こういう時警察にコネがあると良いんだが」
「大好きな笹塚さんに頼めば?」
「そうだね!」

嫌味に対して名案とばかりに桂木弥子がぱぁっと笑顔になる。

「え、ちょっと、今のは嫌味で、」
「笹塚さーん! さっきはたこわさありがとー!」

桂木弥子が大きく手を振り無邪気に笑う。なるほど、警察に混じって見覚えのあるベージュのスーツが小さくずっこけているのが遠くに見えた。まさかこんなところで早速再会するなんて。

「ほーお。こんなところまでお出ましとは……本当にどうやって嗅ぎつけてくるのか」

笹塚さんが挨拶を返す前に、彼の近くにいた男性が芝居掛かった仕草で肩をすくめる。

「しかも実物の方がより一層….…」

眼鏡に指をかけた後鼻で笑う。

「こんなのが名探偵とは……笑わせるな」

話しかけてきた男に既視感を覚え、私はじっと彼を見つめる。きっちり固めた前髪に、細いフレームの眼鏡。目元は理知的できりりと引き締まっているが、今は嫌味の言葉もあってか、意地悪な色がちらついている。声なんて聞いたことないし、警察の知り合いなんてそれこそ……あっ!

「この人、生き残れなかったおじさんだ……」
「誰がおじさんだ!」

ぼそりと呟くと、ぴくりと眼鏡の男性がこちらを見て怒りに顔を赤くした。
そう、ネット上で桂木弥子が旺盛な食欲を発揮して眼鏡の男性を次々食べていくコラ動画は、桂木弥子のネタ動画シリーズ(※これは事実です)ブームの火付け役になった。丼、刺身、丸焼き、パフェのトッピングなど数々の食べ物バージョンや下らないアテレコ動画が出回っている。巷では某ファンタジー小説をパロって、彼につけられた「オジー・ポッター」「生き残れなかったおじさん」「復活できなかった警視庁」などのあだ名が普及しているのだとか。ちなみに桂木弥子は「例の(たくさん食べる)あの人」「オジ・イーター」「彼女の後ろには草一本残らない闇の魔法使い」。
大体は笑い話で済んでいるが、一部の意地悪な人は、手柄を探偵に取られっぱなしの警視庁の構図と重ねて皮肉っているのだとか。
食べられているおじさんの写真はフリー素材から取ってきていると思っていたが、まさか警視庁に籍を置く人物の写真を持ってくるなんて。匪口も余計な藪を突きやがってと私は冷や汗を流す。いかにも頭が四角そうなこの人間が、ネットでも現実でもこの状況を喜んでいるとは到底思えない。

「失礼。忘れてください」
「誰が忘れられるもんか! あの動画がネットに流れてから、私は警視庁の笑い物だ! そこの、貧相な娘に食べられると言う! 皮肉な馬鹿動画のせいで!」
「ごめんなさい! でも先生を責めないであげて! 顔も心も体も貧相なのは……これはもう生まれつきだからしょうがないんです!」

時々思う。ネウロ、あんた先生の「助手」役を全うする気全然ないでしょ。

「なんだ君は。君の存在は報告を受けてないぞ」
「気にしないでいただいて構いません! しがない先生の助手ですから! あなたも警察の方ですね?」

ネウロが人の良さそうな笑顔を浮かべる。

「先生の嗅覚がこの事件を嗅ぎつけたのも何かの縁! この貧相な先生が捜査のお手伝いをさせてほしいとおっしゃっています!」
「フン。なるほどな、笹塚。この口上でこいつらは事件の捜査に紛れていたってわけか」

眼鏡の彼は態度を一切軟化させぬまま笹塚さんにも嫌味を吐く。上司か何かだろうか。笹塚さんは何も言わずに、面倒臭そうに視線を逸らした。

「もちろん君達に協力させるつもりなど毛頭ない。そこでアホヅラ晒して見ていたまえ。その代わりと言っちゃなんだが、君達には後でじっくり尋問してやろう。色々と身に覚えがあるだろう?」

桂木弥子、ネウロ、私を舐めるように見回すと、彼は眼鏡をグイッと持ち上げる。私は笹塚さんをきっと睨みつけた。

「覚悟して待っていろ。捜査が一段落したらおまえの化けの皮を剥がしにかかってやる」

尊大な態度で言い放つと、くるりと踵を返し捜査に戻っていく。十分に彼が離れたのを確認してから笹塚さんが「悪いね」と寄ってきた。

「笹塚さん……あの人、誰ですか?」
「ああ。俺の同期で笛吹って言うんだけど。まああいつはキャリアで警視だから、上司に当たるな」
「全くあいつ、ムカつくんだよ! 高学歴って事だけを鼻にかけて」

笹塚さんの近くにいる若い刑事が堰を切ったように話し出す。

「身長なら俺の方が高いし将来の可能性も俺の方が……あ。すいません。低いです。許して。給料減らさないで」

オールバックで大柄の男に肩を叩かれ、必死に謝る。少なくともプライドは低いな。

「で、あいつがその後輩の筑紫。やっぱりキャリア。……それで、やっぱり首突っ込むわけ?」
「もちろん! 先生の首は突っ込むためにあるんですから!」

ネウロが桂木弥子の首に髪の毛を巻きつける。彼は自分の正体を隠すつもりもないらしい。しかし笹塚さんはそれを無表情に眺めると、億劫そうに口を開いた。

「気持ちは嬉しいけど、帰ったら?」
「えっ」
「今までは入れてたけど、見ての通り上から睨まれてるし、ちょっとそういうのは面倒なんだよ。あっちには適当に言っとくし、それとなくいなくなってくれたら助かるよ」

笹塚さんが背を向ける。桂木弥子の顔をそっと盗み見れば、信じていた人からの冷たい言葉にショックと寂しさを隠しきれていないようだった。
だから言ったじゃない。この男を信じないほうが良いって。心の中でそんな言葉が湧き出るが、実際に眉尻を下げている桂木弥子を見ていると、そんなことを口に出す気にはなれなかった。
怒りは代わりに彼の方へ向く。

「……だから刑事は信用ならないのよ」

2、3歩彼に近づき、彼にだけ聞こえるようにそう吐き捨てる。

「完全縦社会の手柄至上主義。上の言うことには逆らえないんでしょ。立場が変わったらすぐ手のひら返す。仲良くしなくて正解だわ」

笹塚さんがゆっくり振り向き、無言で私を見つめる。

「現にあの眼鏡の男も、おまえの化けの皮剥いでやるって言ってたじゃない。どうせ、私たちのことを上司に売ったんでしょ」
「……知りたい?」

笹塚さんが声をぐっと低める。私は自然と身を乗り出した。彼が視線を残したまますっと捜査網から外れる。まるで付いて来いと言われているみたいだ。私は気配を潜めると彼の後ろを距離を取りながらついていった。
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