子犬のワルツ

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「ああ、もう……面白いトゥイートって何よ……」

喫茶店で私は頭を抱えている。頭の回転を速くするために、注文したコーヒーには砂糖とミルクを大量に投入した。決して、ブラックが飲めないからではない。ちなみに以前、「飲めねーなら最初からカフェオレ頼めばいいのに、ませやがって」と呟いた吾代さんはその直後に三途の川日帰りツアーにご招待した。この世のものと思えない自然の雄大な風景に心洗われたのか、それ以降吾代さんは意地悪な言葉は吐き出していない。

「面白いトゥイートって?」
「ネウロがね、延々と挨拶や宣伝を流すだけじゃつまらん、もっと面白いこと呟いてバズらせろって。無茶言うと思わない?」
「難しいこと言うねえ。バズろうと思ってばずれるもんじゃないし、あんたは面白いことをたくさん言えるようなタイプじゃないだろうに」
「ちょっと、確かに私はそんなタイプじゃないけど……」

言いかけて、ふと冷静になる。
私は今、「誰と」話してるんだ?

「……あんた、誰」
「あは、ようやく気付いた?」

私の隣に座り、頬杖をついてニコニコ笑うご機嫌な少女が1人。

「俺だよ、俺。元気にしてた?」
「こんなに堂々とした俺俺詐欺、豪田さんでもやらないよ」
「ていうか、気付くの遅いよ。これがあんたの兄さんだったらどうするのさ。捕まって家に引き戻されて終わりだよ。もっと気をつけないと」

笑顔で私の事情は知っていると仄めかす言葉、のんびりとした口調。こんな若い女の子の知り合いなんていないが、事情を知っている変装の名人なら思い当たらなくもない。でも、まさか。

「……あんた、斉藤銃一?」
「半分正解」

やっぱり、このはぐらかすような言葉選びは「彼」だ。最も、以前見た彼とは性別どころか骨格まで違うように見える。

「本当にそれ、どうやって変装してるの? 3Dホログラムか、ARか何か? 性別も骨格も、全然違うじゃない」
「あはは、そんなわけないじゃーん。あんた本当に面白いね」
「……馬鹿にしてるでしょ」

ムカつくが、見た目が同年代の女子なので、どうも手が出ない。やり場のない怒りを深呼吸で整えて誤魔化す。

「どうでもいいけどあんた何しにきたの?」
「言ったでしょ。元気かなって心配になって、会いにきたんだよ。まあ、前よりは大分元気になったみたいだね」

「彼」の視線が上から下へ移動していく。

「髪ツヤよし、肌ツヤよし、でももうちょっと食べたほうがいいね。特に胸のあたりがいったー!」

「彼」の脇腹を肘で小突くと、涙目になって頭を抱える。

「酷いよ、こんな幼気な女の子に容赦なく攻撃するなんて、鬼、悪魔!」
「ごめんなさい。さっきまで女の子相手に手を挙げ辛いなと思ってたはずなんだけど」
「その割には思いっきり容赦なくいったよね? そんなに貧乳がコンプレックスなの?」
「全然キニシテナイヨ」
「痛い痛い痛い!! ごめん、ごめんてば!」

ほっぺを掴んでゆらゆら揺すると「彼」はあっけなく悲鳴を上げた。手を離すと「うー」と呻いて顔をさすっている。その姿はどこにでもいそうな普通の女の子だ。とても、凄腕の暗殺者をやっていた人間とは思えない。

「まあ、楽しそうで何よりだよ」

息を整えながら「彼」がそんなことを言う。

「一応逃したのは俺だしね、野良犬になってのたれ死んでたらどうしようかと思ったんだよ」
「嫌なこと言うわね」
「ちゃんと良心的な飼い主に拾われたみたいで良かったよ」
「飼い主って……」
「仕事も一生懸命取り組んでるみたいだし」
「そりゃ、努力はしてるけど……」

アヤの事件では役に立たないで終わった。マスコミの事件も吾代さんとネウロの力あっての解決だ。今のところ目立った功績はない分、好評価を受けると居心地が悪い。

「結果が出なかったら意味ないわよ」
「ふうん。……せっかく外に出たんだから、もっと気楽にやりゃあいいのに」

ふああとあくびをすると、「あんたの大好きな仕事とやらは、具体的に何やってんの?」と身を乗り出す。

「まあ今まで通り。ハッキングしたり情報をまとめたり、あとは広報関係を少し」
「さっき言ってたトゥイッターのやつ?」
「そう。そんな簡単にバズってフォロワーアップなんてできないよ」
「そう?」

トゥイッターのページを見ながら「彼」が言う。

「今、あんたのとこの事務所は大注目でしょ。わりと何を呟いてもそこそこ拡散力はあるはずだよ」
「だからこそ炎上が怖い」
「うまくジョークを混ぜて共感を得れば大丈夫だよ。丁度いい味方もいるみたいだし」

首をかしげる私の隣で、「彼」がリプライ欄を見てふふっと笑う。

「公務員が特定の民間企業に肩入れなんて普通はしないはずだけど、やんちゃな知り合いがいるみたいだね。そいつをうまく巻き込めばいいじゃん」
「そんなの無理だよ」
「あとはそうだなー。探偵事務所って言ったら、未知数なところところがあるから、みんなどんな奴らなのか、どんな事件を解決してきたのか興味持ってるだろうし、プライバシー? に引っかからない程度に裏話でもしてみれば?」
「裏話ねえ……」
「それこそ感想レベルでもいいと思うんだよ。モラルと加減さえ間違えなければ」
「その加減が難しいんじゃないの……」

ただ、「彼」の言うことには一理ある。情報は生物だ。ネウロが報道を通して完璧に情報をコントロールしている中、関心と話題性はどんどん落ちていく。今ならまだ、何を話してもある程度関心を持ってくれるだろう。警視庁のアカウントが絡んでくれるならより効果的だ。事件に関係して、かつ警察が絡みやすい話題……アヤ事件はホットだけど、熱狂的なファンが多いからリスクヘッジが難しそうだ。それなら。

ーー「情報の取捨選択と真偽を見極めることは。情報の編集の仕方や切り取り方によっていくらでも印象を操作することが出来ます。たとえば、桂木弥子先生は超悪魔的胃袋を持っているとか、大盛りラーメンを完食した後にカツ丼屋に入っていったとか公式アカウントが書いてたら桂木弥子ってやべー奴だなって思いますよね」

文字数制限が入ったので、一旦送信する。

ーー「公式アカウントなら正しいことを言うだろうという先入観があるから、真偽を確認する前に事実だと思い込んでしまうからです。もちろん、多忙な現代にいちいち確認するのは必要はないと思いますが、少なくとも何でもすぐに信じて拡散するのは危ないかもしれませんね。ちなみにここまで出ている桂木弥子先生の食べ物に関する噂は全て事実です」

これでいい。これで、彼女の写真や噂が流出しても、何が正しくて何が正しくないか分からなくなる。妙にこれは正しいあれは間違いなどと言い回るのはきりがない。第一、食べ物に関する桂木弥子は本当に化け物級だし。

「意外と書けるもんね。ね、」

話しかけた私はぱっと顔を上げ、言葉を止める。理由は2つ。「彼」を呼びかける名前を知らなかったこと。そして、さっきまで隣にいた「彼」が音もなく消えてしまっていたことだ。

「……いなくなるなら挨拶くらいしなさいよ」

残されたのは、彼の飲みかけの紙製カップのみ。ゴミも片付けないで、と私は眉をひそめる。
その時、携帯が振動した。メールか何かかと開こうとするが、携帯の画面がうまく反応せず、振動は止まないままだ。

「何これ……」

ようやく待ち受け画面に表示されたのは、大量のトゥイッターの通知だ。それも、今も通知が止まらないままだ。

「え、炎上してるの?」

携帯じゃ開けないのでパソコンか、リプライを開くと、いいねやリトゥイート、リプライがどんどん増えているのが見えた。公式アカウントなのに悪口かよとか、先生は結局大食いキャラは本当なんですかとか、どちらかというと面白がっている様子が多い。
そして一番リプライがついている呟きが、私の呟きに対してつけられた、警視庁のリプライだ。

ーー「根も葉もない噂や写真も怖いですが、近年でAIを使って実際の映像を巧みに操り、取っていない言動を取らせるように見せるディープフェイク動画が流行っています。有名人や若い女の子の写真や動画は容赦なく取られてネットにあげられがちですが、そういう映像を見つけた時は本物かどうか、疑う癖は持った方がいいかもしれませんね。ちなみにこの映像はディープフェイク動画です」

添付されている動画を見て、思わず噴き出す。そこでは、桂木弥子が超巨大な丼を抱え、髪の毛をかっちり固めた眼鏡の小さな小さなおじさんを箸でつまみ、次々口に放り込んでいく姿が映っていた。

「誰よ、これ」

警視庁のアカウントという時点で察してはいたけど、こんなふざけたことをするのは匪口しかいない。彼のリプライには面白がるようなコメントや更に悪ふざけをして画像を加工しまくる人のリプライで溢れ、大喜利大会のようになっていた。やっぱり匪口はすごい。警視庁として注意喚起を促しながらも技術とユーモアであっという間に若者を惹きつける。
私は少し考え、匪口のコメントにリプライをつける。

ーー「今の世の中は隠しカメラはもちろん、下手したら監視カメラをハッキングすることも出来ますからね。悪意のある拡散や加工画像には注意しましょう。ちなみにここまで出ている桂木弥子先生の食べ物に関する映像は全て事実です」

今頃匪口もこのリプライを見て笑ってるかな。それとも上司に怒られてるかな。想像して笑っている間にもリプライやいいねがどんどんついてくる。私ははやる気持ちを抑えて立ち上がった。ネウロに報告したら、少しは見直してくれるかな。片付けをする間、ふと「彼」の残した紙カップが目に入る。仕方ない、片付けてやろうと手を伸ばした時、ふとそこに黒のマジックで書かれた文字が目に入った。

ーー「近いうちにまた会いにいくね」

子どものような丸文字。それを見て自然と表情が和らぐ。何だかんだ色々助けてくれたし、多少好感を持って見守ってくれている感覚はある。次会う時は、せめて名前くらいは知りたいな。すっかり冷たくなった「コーヒー」を一気に呷ると私は立ち上がった。

(20190622)

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