子犬のワルツ

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「これくださーい」
「あぁ? ガムだけかよ? ついでにジャンプもどーよ? 陳列すんのめんどくせーんだよ。ついでに10冊ぐらい買ってけや」
「吾代さん。何でコンビニでジャンプの押し売りなんかやってんの?」

桂木弥子が呆れたように言い、吾代さんがげっと顔をしかめる。

「て、てめえら、何しに来やがった?! つか、柚子?! 何でこいつらと一緒にいんだよ?!」
「なりゆき」
「はあ?!」
「ここで働いてんの」
「おまっ、まじかよ?! 何でこれまた?!」
「何では吾代さんだよ」

桂木弥子は完全に白目を剥いている。

「てっきり裏の世界で働いてると思ったのに、イメージ崩れたな」
「とりあえず手に職つけてんだよ! てめーらに追い出されたせいで! おい柚子、何でこいつらを連れてきた?!」
「そんなことはどうだっていい」

ネウロの周りにはいつか見かけた気味の悪い虫が飛んでいる。私を見張っていたように、こいつも吾代さんを見張っていたんだろうな。

「貴様に新しい働き口を用意したぞ。我が事務所の雑用だ」
「あぁ?!」
「人手が必要な時は貴様を呼んで働かせる」
「寝言言ってんじゃねーぞ」

吾代さんが歯を剥きだす。

「人の事務所を奪った奴が、今度はそこでパシリとして働けだァ?」
「ほう、嫌なのか?」
「俺が誰の下につくかは俺が決める。たとえ半殺しにされようが、てめーなんぞに服従する気はさらさらないぜ」

そう言って、首を掻っ切る仕草をしてみせた。これだ、これこそが若くして早乙女金融の切り込み隊長を担ったハイエナ吾代忍だ。面倒見はいいが、自分の芯に関しては他の人間が何と言おうと自分で決めて、まっすぐ突き進む強さがある。その強さがあったからこそ這い上がれたし、小さな事務所を守って来られた。彼が認めた上司は、前にも後にもあの早乙女社長だけだ。彼はその他の誰にも屈しない。
ただしそれは、相手が「人間」ならの話だ。

「そうか。残念だ。貴様なら分かってくれると思っていたのだが……」

ネウロが眉尻を下げて悲しげな表情を作ってみせる。

「何を……?」
「貴様には断る権利がないということをだ」
「んだと……」

吾代さんの顔の怒りの色は鈍い。ネウロが不意に取り出した500円玉を指で弾き、ジャンプで挟んだからだ。

「自分の力を自覚するのだ。貴様にこの少年ジャンプが使いこなせるか? せいぜい読んで楽しむ程度だろう……だが」

ネウロがぺらりと雑誌を開き、吾代さんが目を大きく見開く。

「我が輩には、ジャンプで人を殺すことまで可能なのだ」

A4サイズのページいっぱいに薄く広がった硬貨に、私たちは顔をひきつらせる。

「力の差が理解できたならとっとと付いて来い。貴様がジャンプの1ページになりたいなら別だがな」

あの圧倒的な能力により、凶暴な早乙女金融の面子を追い出したことは記憶に新しい。吾代さんは口を開いたが、言うべき言葉が見つからず、そのまま閉じる。この場での勝者は誰の目にも明らかで、ネウロは満足げに目を細めた。




「ったく、てめーもてめーだ」

事務所に向かいながらも吾代さんは不機嫌を隠さない。

「何でこいつらとつるんでんだよ。事務所を潰したような奴らだぞ。てめーだって最初は毛を逆立てて喧嘩売ってたじゃねーか」
「袋小路に追い込まれたり、色々あったの」
「は? なんだそりゃ……それで?」

吾代さんは肩を竦め、背後にいるネウロに声をかける。

「俺は何をやりゃいーんだ? 茶汲みでもやらせようってのかよ?」
「そうだな。まずは壁にでもなってやろうか」
「壁?」
「姿を公にしたくない我が輩に代わって、貴様が不要なマスコミをシャットアウトするのだ」
「何の話だ、マスコミって、」
「話は後だ」

早速一匹紛れているようだぞ、とネウロが言った瞬間、「ビンゴォ一番乗り!」という歓声が聞こえた。

「君、昨日テレビに出てた探偵だよね? 君のこと教えて欲しいんだけど、ちょっと事務所上がらせてもらっていいかなあ?」
「え……え?」
「あ、俺のこと知ってる? ハンディ片手に特ダネ集めて、テレビも結構出てるんだけど! 君、可愛いよね、どこの学校? 昨日のは狙ってやったんだよね?」

どうやら昨日のテレビを見て桂木弥子の存在を知ったマスコミらしい。独占インタビューは金になると張り込んでいたようだ。

「出番だぞ、吾代。あいつをつまみ出せ」
「何ィ?」
「今の我々は宣伝手段を慎重に選ぶ立場でな。あの手のゲスなマスコミは必要ないのだ。だから貴様に排除させる」

ネウロがそう説明する間も桂木弥子はカメラマンに肩を掴まれうんざりした悲鳴をあげていた。

「さあ、早くしろ。それともジャンプの下敷きになりたいか?」
「君、有名になりたいんだろ?」
「何を迷っている。どうしてもダメなら柚子に始末してもらうしかないが、若い女の用心棒はどうしたって目立つ。そうなると追手に見つかるのも時間の問題だな」

面倒ごとが降りかかる気配に私は顔を歪めた。用心棒なら構わないが、マスコミの中でもあの男は一際面倒臭そうだ。きっと彼の頭の中には、報道の自由や知る権利なんて言葉は頭にない。あるのは、金になるか否かと自分のプライドだけだ。そんなマスコミを目の当たりにすると、関わりたくない気持ちが強くなる。

「後ろ向きじゃ視聴者を満足させられないよ、早くこっち向けって!」
「うるせえな、前から後ろから!」

ネウロとカメラマンの板挟みに爆発した吾代さんが裏拳を放ち、カメラマンは派手に倒れる。

「あ」「あ」「あ」

場が一瞬固まる。ガチで殴る? やばくない? 桂木弥子と吾代さん、私が黙って目を合わせる。

「……困ったなあ。勝手に付いてきた人がマスコミの人を殴ってしまったぞ。先生と僕たちは全く関係ないのに〜」

場の流れを作ったのはわざとらしく声を上げたネウロだ。

「さ、先生方、早いとこ中に入りましょう! こんな人と関わってはいけない!」
「あ……ま、待てコラ! どういうことか説明しやがれ!」

肩を抱かれ入る私たちを吾代さんが慌てて追いかけ、エレベーターに駆けこんだ。
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