子犬のワルツ

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「ふむ。悪くはないな、SNS作戦」

とある昼下がり。ネウロが人差し指を突き立てる。

「要はこういうことだろう? 今時、個人サイトだけでは我が輩の期待する依頼の量には到達しない可能性がある。また、今謎を持たなくとも、将来いつ誰に謎が芽生えるか分からない。昨今では首相官邸もSNSを使いこなすという。うちの事務所もフォロワーとやらを鎖で繋いでおけば、イメージアップと謎の呼び込み双方に効果があると」
「フォロワーってそんな物騒なもんじゃないけど、まあ、大体そうね」

どこの企業もSNSで潜在顧客をしっかり掴んでおき、日常的にイメージアップと販売促進を行なっている。アヤ事件で注目度が高い今こそ広い間口を利用して緩い繋がりを増産するのだ。高い目印も悪くないが、日常的に触れる単純接触効果も侮ってはいけない?

「うむ。分かった、アカウントの設立は貴様に任せるぞ、柚子。事務所にぴったりな洗練されたイメージと抜群に面白い呟きを頼む」
「えっ、それはハードル高くない?」
「出来ないのか?」

眉を釣り上げてそう訊かれたら、私は歯を食いしばってこう答えるしかない。

「……やるわよ」

そもそも、役立たずの烙印を押されたままじゃ嫌だと思い持ちかけた話だ。ある程度軌道に乗せてプラスの効果を生まないと、私のいる価値がない。それにネウロの要求レベルが高いのも今に始まったことじゃない。前回は役立たずの烙印を押されたけれど、今回こそはある程度結果を出してみせる。

「それでこそ我が従順な飼い犬だ。期待してるぞ」

私の密かな決意を知ってか知らずか、ネウロが満足げに笑うと、依頼人とのアポの準備を始めた。期待している。その言葉に鼓動が少し速まる。頬が緩みそうになるのを堪え、慌てて私はパソコンを開く。期待されたからには応えたい。
SNSなら、今ならトゥイッターとインストグラムだろう。トゥイッターで面白いことを言う……のは難しいが、インスト映えのキラキラ写真を撮るのはもっと難しい。こんなボロ事務所だし。それに、トゥイッターなら企業アカウントの発信もポピュラーだ。

「どちらかといえば、トゥイッターかな」

私の脳裏には匪口の呟きが頭に浮かんでいた。あいつが警視庁に入ってからトゥイッターのアカウントは活性化し、エッジが効いてて面白いと好評だ。遠いところにいても強烈に輝いて、私に彼を見つけさせた。彼の人を惹きつける魅力を私は持っていないけど、自分なりに手は尽くしたい。
アカウントを作成し、活発に活動している適当な企業アカウントをフォローする。後は、桂木弥子の人望を信じて、彼女の通う高校の同級生を探し出して、フォローする。後はどうするか。フォロワーを買うか? いや、バレたらイメージを崩しかねない。広告を打つ程度で良いだろう。後で経費で落としてやろう。

……そういえば、お給料ちゃんと支払われるんだろうか。急に不安になる。貯金はしていた方だけど、ホテル暮らしにはお金がかかる。いっそ定住した方が長い目で見れば安くなるだろうけど、何となくそんな気分にもなれずに、ずるずるここまで来てしまった。ここいらでネウロに確認しておいた方が良いかもしれない。

そうこうしているうちに、フォロワーが1人増えた。SNSのフォロワーを気にするタイプではないけど、仕事となれば話は変わってくる。フォローした相手を確認した私は、つい笑みを零してしまった。

「……匪口」

まだ警視庁のアカウントなんてフォローしてなかったのに、この対応の速さと来たら。

「遊んでないで仕事しなよ」

呆れてはいるけど本当は少しだけ嬉しい。最後あんな別れ方をしておいて虫のいい話ではあるけれど。

「なんて呟こうかな」

最初が肝心と思いつつ、そんなに面白いことなんて思いつかない。

「女子高生探偵桂木弥子探偵事務所の公式アカウントです。小さな日常の謎から未解決事件まで、ぜひお気軽にご連絡ください!」

結局無難にそう纏める。これじゃ、ネウロに限らず一瞥されて終わりそうだな。我ながらセンスのなさにほとほと呆れた瞬間。
リプライがついた。

「噂の女子高生探偵さんのアカウントが出来たようです。警視庁内でも色々事件を解決してくれたと評判ですよ! これからもよろしくお願いします!」

私のトゥイートを紹介する形でそんなコメントが付されている。警視庁のアカウントをフォローしている8万人に紹介してくれたんだ。彼の優しさに嬉しいような申し訳ないような気持ちになる。
時が経てば経つほど、あの日、銃を向けて彼に一方的に決別したのは、もしかしたらやりすぎだったかもしれないという気持ちが強くなってきている。誰よりも大切な友達だと言ってくれて、好きだと言ってくれて、本当はとても嬉しかった。私自身も彼の人柄や能力に惹かれるものがあった。吾代さんとは良い信頼関係を結べているけれど、友達感覚で気楽に話せる相手はやはり貴重だ。今でも恋しい気持ちは変わらない。
でも、私が裏社会の人間だと勘づいていながら刑事の道に進んだことだけはやっぱり納得できない。それに、私がもし人を殺した時どうするのと聞いた時、あいつは言葉を詰まらせはっきり狼狽えていた。

「……あの時、殺してなくて、良かったかも」

私は自分でも、他人に容赦のないほうだと思う。けれど、斉藤銃一を殺さなかったのは結果的には正解だったのかもしれない。斉藤銃一を殺していればきっと私は、匪口の前に姿を現わすことが二度と出来なくなっていたと思う。

「ありがとうございます。こちらこそ現場でお世話になっています。今後ともよろしくお願い致します!」

最後の一線は超えなかったから、きっとこれくらいのリプライは許されるはず。
推測というよりは願望に近いそれを、私は送信したのだった。




「ネウロ! 全部計算してたでしょ! ああやって私がテレビに映ることとか!」

その数十分後、桂木弥子がすごい剣幕で事務所に飛び込んできた。

「ほう。その様子だと、早速身の回りに現れてきているらしいな!」
「当たり前だよ! 通学路でも学校でも大変だったんだから」
「あっそう。どうでもいいけど、ちょっと静かにしてくれる?」
「あ、ごめんなさい……って、柚子さん? もう来てんの?」

暇人のような扱いを受けた私はむっと口を尖らせる。

「大学行ってもつまんないし」
「ふむ。事務所にいる方が楽しいか」
「か、勘違いしないでよ!そんなこと言ってないじゃない!もう!」
「コテコテのツンデレもらいましたー!」
「ヤコ。貴様の情報がネットにも漏れてるぞ」

「えっ」

桂木弥子と一緒にネウロのパソコンを覗き込む。うどんを4杯平らげた後に友達に汁を吹きかけて帰ったとか、鉄板いっぱいのもんじゃ焼きを作ってニヤニヤしてたとか、20分以内で無料の大食いラーメンを10分で片付けた後向かいのカツ丼屋に入っていったとか。常軌を逸した食欲に閉口する。

「どーすんのよ! ささやかな楽しみなのに思いっきり流れてんじゃない!」
「9割方自業自得な気もするが」

ネウロが冷ややかな眼差しを送る。私も投げやりに、「いんじゃない、2人とも食には目のない探偵コンビってことで」と自分のデスクに戻る。

「えっ、柚子さんも食べること好きなんじゃないの?」
「そんなこと一言も言ってないけど」
「だって、柚子さんの淹れてくれたコーヒー、とても美味しかったもん! 勉強して丁寧に淹れなきゃあーはならないよ! 興味あるんでしょ?」

食への興味か人への関心か、桂木弥子がさらりと踏み込んでくる。私は不意打ちに少し困って髪をかきあげる。

「兄さん達のために練習してた時期があったってだけ」
「へえ、柚子さん、お兄さんいたの! 羨ましいなあ、どんな人?」
「どんな人って、そりゃあ、2人とも優しくて格好良くて何でもできて……」

目的のためなら、手段を選ばない冷酷な人。そんな言葉がすらりと口をついで出そうになり、私はどきりとする。そんなネガティブなこと、今では思いもしなかったのに。
丁度ネウロの座っているそこの席で、社長が私を呆れたように見ながら「肝心なものが何も見えてない」と言っていたことを思い出す。確かに、久兄やユキ兄と働いたことがないということを差し引いても、兄さん達の内側を思ったよりは理解してなかったかもしれない。少なくとも、桂木弥子が人を見るようには、私は彼らのことを理解していない。
今兄さん達のことを思い出せるのは、久兄ののっぺりした笑顔と、ユキ兄の仄暗い双眸くらいだ。
私が桂木弥子のように彼らと正面から向き合えていたら。心に届く言葉を発することが出来ていたら。状況は少しは違ったんだろうか。

「柚子さん……?」
「なんでもない」
「何はともあれ、貴様の顔を売ることに効果はあったようだな」

ネウロが話をうまくまとめ、私はほっと息をつく。

「世界的歌手の犯罪を暴いたのだ、世間の注目を集めて当然だろう。だが、余計なゴシップは避けたい」
「あんたの得意な魔界道具使えばいいんじゃない?」
「うむ、不必要なエネルギーは使いたくないのだ。可能ならば、そうだな。使える人間は増やしておいて、任せられることはどんどん任せた方が良い」
「なら私がやるよ。ゴシップ記者を片っ端から再起不能にしていけばいいんでしょ」
「貴様は加減を知らない上に、あまり堂々と顔を晒したくないのではないか?」

痛いところを突かれ、私は黙り込む。確かに銃やらスタンガンでは過剰防衛かもしれない。それに、マスコミという情報の発信者には近寄りたくない。情報を扱う人間は、程度の差はあれ、必ず兄さん達とどこかで繋がっているはずだから。

「増やすって言ったって、私と……あとあかねちゃんと柚子さんと……他に誰かいるの?」

ネウロが凶悪な笑みを浮かべる。それを見て、桂木弥子と私は「あ」と同時にある人物を思い浮かべた。
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