子犬のワルツ

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一瞬事務所は静まり返り、それから皆が大笑いをする。

「この事件が解決したらうちの事務所をくれだと?!」
「おもしれー、その手の事務所を乗っ取ろうっていうのかよ!」

制服を着た女子高生に、スーツ姿の優男。ヤクザの事務所を乗っ取るにはだいぶ頼りない。

ただ私の脳裏には丸められ銃痕のついたナイフが焼き付いている。こんなこと見たことも聞いたこともない。ここまでの手練れなら……あるいは、首を日本刀ですっぱりなんてこともできるかもしれない。

「分かった分かった、いいだろう。考えておくよ。ただしそれは解決できたらの話で、そして、無事に乗っ取れたらの話だがね」
「ええ。両方ともわけのない話です」

男はむしろ好戦的な笑みさえ浮かべている。

「だがね、こっちは事務所を賭けたんだし、おまけにウチの社員が1人ぶっ飛ばされてる」

豪田さんも笑みを浮かべたが、意地悪な色が隠せていない。

「おたくらが解決できないときは、さすがに相応の代償を払ってもらわないとな」

助手はそれに対して、考える素振りすら見せず「たしかに」と同意した。

「では、先生があなた方の望む場所でタダ働き……というのはどうでしょう」
「よし! 賭けは成立だ!」

五本の手が親指を突き立てる。女子高生はそのやりとりをぼんやりと眺めた後、「……え? ひょっとして私今売られてる?」と顔色を変えた。

豪田さん達が女子高生の周りに集まり、妙に温かい目で話しかけている。今の立ち位置なら、2人が急にこちらに攻撃を仕掛けてきても、彼らが肉壁となってくれるだろう。私はそっと後ずさるとしゃがみ込み、吾代さんを揺さぶった。

「吾代さん。起きて」
「ん……むう」
「起きてったら。起きろチンピラ」
「ぐふぅ!」

おっと、つい力を込めすぎたかもしれない。

「吾代さん、大丈夫?」
「今のが効いたぜ……」
「あんた、さっきすごいぶっ飛ばされてたけど、覚えてる?」

頭を打ったのか、吾代さんはややぼうっとしている。

「…….いや、気付いたら吹っ飛ばされてたな」
「そう」

本当にあの女子高生が殴ったのか聞きたかったが、仕方ない。奥の手が分からないままうろつかれるのは嫌だが、その分目を離さなければいいだけの話だ。

「おまえ、どう思う、あいつら」

鷲尾さん達から事件のあらましを一通り確認する2人を見やる。

「気にくわないね。まるで手のひらの上で踊らされているみたい」
「同感だ」
「まあ。あいつらが社長の死に無関係で、本当にこの事件を解決してくれるなら、それに越したことはないとも思うけど」

疑わしいけどねと付け加えると、吾代さんは舌打ちをした。

「……小さな事務所を上の指示通り守ってるだけの人だが、我々は皆あの人を尊敬していた。はぐれ者だった我々に食い扶持を与えてくれた。今でも感謝してるんだ……」
「感謝なんて俺はさらさらしてねーけどなァ」

鷲尾さんの発言に吾代さんが機嫌悪く水を差す。

「テメェこのガキ、後で千倍にして返してやる」
「ひぃ、私じゃないのに……!」

私じゃない。その言葉に確信する。やっぱりそうだ。話を先導しているのはいつも男の方だ。

「吾代、貴様、大恩ある社長に向かって……」
「は、大恩だァ? 安い給料で危ねー仕事ばっかりやらせやがったアイツにか? 犯人に感謝しましょうよ、鷲尾さん。これであんたが社長で、俺は副社長だ。正直思うんスよ。このまま犯人は見つからなくてもいいかなァーって。俺らだけで解決しようと言ったのも、そのためさ」

吾代さんがそう嘯く。よっぽど余所者を入れたくないらしい。身内には甘いがそれ以外には徹底して容赦ない。そんな2人の間で無意味な口論が勃発する。

「ヤコ……前置きは……そうだ。……どうだ。さっさと……入らせて……」

助手の男が低い声でボソボソ呟く。雰囲気が大分違うようだ。その後、ノソノソ話しながら動いている。でも、ドア越しで声を聞こうとしても言葉が聞き取れない時のように、何を話し、どう行動しているか、頭に入ってこない。おかしい。こんなに近くにいるし、相手も特に隠している素振りはないはずなのに。

「っさいな……黙って聞いてりゃ、この……化物!」

急に女子高生が怒鳴る。それまで口論していた吾代さんが青筋を立てた。

「言ってくれるじゃねーか。ちょこまか動いてたと思ったら、言うにことかいて化物だァ?」
「いや、その……」

女子高生が恨めしげに男に視線を送るが男はどこ吹く風で「皆さん、」と呼びかける。

「先生はこの事件のトリックと犯人のあたりがついたそうです」
「それ、本当?」

にわかに信じられず問いかければ、助手はええと笑顔でうなづく。

「後は謎解きをするだけですが、少々準備が必要なので、これから買い出しに行ってきます!」
「てめぇら、逃げるつもりじゃねーだろうな?」
「あ、ご心配なく! 先生はここに残るそうですので、僕がもし逃げたら煮るなり焼くなり好きにしてください」

助手は笑顔で非情なことを言うと、扉を閉めてさっさと行ってしまった。
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