子犬のワルツ

□回路と中身
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「よ、桂木、おたおめー」
「おめでとう」
「匪口さん! 柚子さんまで!」

日曜日の昼下がり、事務所に現れた2人に私は一気にテンションが上がる。

「珍しい、ありがとうー!」
「私は別に興味なかったんだけど、こいつが無理やり連れてきたの。べ、別に、あんたのお祝いしたかったわけじゃないから」

相変わらず見事なまでにツンデレだ。

「あと、私と違ってあんたは人気だから、ほかの人間からもたくさんもらってるだろうけど、その」
「こら、まーた卑屈になって」

匪口さんが柚子さんを小突く。

「大丈夫だよ柚子、桂木はケーキ何個でも食えるって」
「うん食える。ありがとう柚子さん、大好き」

ケーキと柚子さんに抱きつくと、柚子さんは耳元を赤くして小さな声でどういたしまして、と呟く。何だかんだ最近丸くなってきた柚子さんに、私は相好を崩した。

「ふむ。匪口、柚子、我が輩にプレゼントはないのか」

一部始終を見守っていたネウロが口を挟み、匪口さんがえっと眉を吊り上げた。

「魔人にも誕生日ってあんの?」
「ふむ。グレゴリオ暦に換算すると3月10日になるな」
「あんたら、誕生日まで一緒なの。本当呆れるくらい仲良しね」
「よもや、奴隷には献上品を用意するくせに、ご主人様の我が輩には何もないのか。そんな恩知らずの飼い犬に育てたつもりはないぞ、柚子よ」
「ネウロ、そのご主人様ってのやめてよ。柚子は俺のなんだから」
「あんたのじゃない、調子のんな」

今度は柚子さんが肘でつつき、肩に手を回しかけた匪口さんがいでっと声をあげる。本当にこの2人は仲がいい。面白くないのか、ネウロはつまらなそうに鼻を鳴らした。

「ふむ。ヤコにケーキを与えたからには、我が輩にも謎を用意してもらわねば。丁度そこに余計なのがいる。そいつに日頃の恨みを込めてグサリとやった後、脳みそをフル回転してアリバイ工作でもやってみろ。少しは腹の足しになるやもしれん」
「ちょっと、ムカついたからって俺を殺すなよ!」
「匪口はいつか始末するとして」
「おいハニー冗談がきついぜ」
「あんたへのプレゼントはとっくに送ってあるわよ」

匪口さんをスルーすると柚子さんはパソコンを顎で示し、腕を組んだ。

「ほう」
「あんたの言う謎は、悪意に裏付けされた知恵の輪パズルのようなもんでしょ。あんたへの日頃の恨みを込めてウイルス送っといたわ。メールを開いてから20分以内に解かなかったら、あんたの正体を世間にばらまいちゃうかもね」
「ふむ。それはこれのことか?」

ネウロがノートパソコンの画面をこちらに向け、2人がはっとしたような表情を浮かべた。

「先程暇だったので12分で解いてしまった。人間にしては複雑なコードを書いたつもりだろうが、HALの謎を解いた後だ、この手のものは我が輩はもう怖くない」
「12分で」

プライドが傷ついたのか、柚子さんの顔が歪む。

「12分はショックだな、ネウロ。そこそこ力は込めたつもりだったんだけど」
「私は別にいいけど。用が済んだから帰るわ」
「まあ待て」

ネウロが珍しく柚子さんの首根っこを乱暴に掴んだ。

「曲がりなりにも飼い犬が飼い主の手を噛んだのだ。罰なしというわけにはいくまい?」
「おいやめろよネウロ。12分で解いたとはいえ、俺たちが結構頭をひねって作ったんだぜ。味はそこそこ悪くなかったろ」
「回路の方はな。だが、中に詰まっているのが悪意じゃなければ謎にはならん」
「詰まってなかった?」
「ああ、悪意はな」

ネウロは含みのある言い方で答えると、柚子さんを掴んだまま廊下へと向かった。

「ちょっと、離しなさいよ!」
「ふむ、これが世に言うツンデレか。悪意でないと腹の足しにはならんが、そんな感情を向けられるのも悪くはないな」
「おいネウロ、何ニヤニヤしてんだよ! 柚子、どんな感情込めたんだよ! なあ、浮気か? 浮気なのか?」
「うるさい蓑虫が、ついてくるな。そんなに我々の愛の営みが見たいのか?」

ネウロが嗜虐的な笑顔を浮かべる。柚子さんを掴む反対の手には、いつのまにかロープと蝋燭が握られており、慣れていない柚子さんが顔をひきつらせる。

「待ってネウロ、あんたが手に持ってるロそれ、何に使うの」
「そーいうのは桂木にやれって! おいったらー!」

3人の声が遠くなっていく。下の空き部屋へ移動したんだろうか。無力な私はそれを見守り、柚子さんの無事を祈る。彼女の何かがネウロのスイッチを押してしまったらしい。

「珍しいこともあるもんだなぁ。でも、ネウロ妙に生き生きしてたな」

匪口さんもいるし、柚子さんは私よりも修羅場潜り抜けてる。何だかんだ、大丈夫でしょ。私はそう自分を納得させるといただいたケーキを口に運んだ。んーー、おいしい!

「よお、探偵」
「あ、吾代さん!」
「柚子からきいたよ、今日誕生日なんだってな。おめっとさん」
「ありがとうー! 吾代さんも食べる? ケーキ……」
「そんな切ない顔で勧められても食えるかよ。いいから食えや」
「やあ、弥子ちゃん。誕生日って聞いたから寄ってみたよ。これ、プレゼント」
「わぁ、笹塚さん! ありがとう! 嬉しい!」

今日は色んな人が来てくれて、色んな形で祝ってくれている。これも、あいつに出会ったおかげかな。私はふふっと笑うと、最後の一口のケーキを口いっぱいに頬張った。ネウロへの誕生日プレゼントはもちろん未解決事件の資料のファイルだ。後で彼が帰ってきたら渡してやろう。

その後、妙にツヤツヤしたネウロと疲れ切った柚子さん、ムスッとした匪口さんが現れ、吾代さんや笹塚さんと一悶着あったのは、また別のお話。

(20190310)

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