子犬のワルツ

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「匪口! 匪口はどこだ!」
「なんだよ笛吹さん。朝からうるさいな」

7月のとけるような暑い夏のとある日。
特例で3ヶ月間の警察学校を卒業した俺は今、警視庁情報犯罪課で働いている。

「なんだよじゃない! 貴様、また警視庁のアカウントで変なことを呟きやがったな!」
「いいじゃん、普通のトゥイートなんてすぐ埋もれちゃうよ。今の時代これくらいインパクトがあったほうがいいんだって」
「桜の紋章を背負った警察がなぜこんなアダルトビデオの広告のような文章を打たねばならない?!」
「笛吹さんなんでアダルトビデオの広告のこと知ってるの?」
「な、し、知らん!」
「あははー、顔赤いよもー」

あの時の潔癖症の刑事笛吹さんが俺のお目付役として、度々様子を見に来ている。口うるさいしよく噛み付いてくるが、悪い人じゃないのは分かっている。それに、警視庁のセキュリティも改良し、悪さをしてたハッカーを何人か捕まえたからか、俺の実力は認めてくれているように思う。
それに、このツンデレ具合。誰かさんを彷彿とさせて嫌いじゃない。

「匪口、真面目な話、何件か一般のクレームが来ているんだ。一歩間違えれば炎上ものの案件だぞ」

笛吹さんの後輩である筑紫さんが珍しく俺に注意をする。俺は「大丈夫だって」と両手を後頭部に引っ掛けた。

「このトゥイートに反応した人要注意ですよ、こーいう悪質なメールが出回っています、気をつけてくださーいって呟けば、みんな引っ掛け問題だったのかかーって納得するよ」
「じゃ今すぐそれを投稿しろ!」
「もうちょっと様子見よーよ、あと少しで8万トゥイートの大台に乗るんだから」

いでっ! 書類で頭を叩かれる。

「今 す ぐ や れ」
「はーい」

ちぇ、と口を尖らせる。まあいい。2人に睨まれる中、言われた通り投稿をする。それを確認したお目付役が帰ったあと、再びを開き、解析ソフトを回した。

これに反応したアカウントがずらっと流れる。そこのプロフィールで男性や老年や公式アカウントなど身元がわかるものを除いた全てをリストアップする。そして、望月信用総合調査の公式アカウントをフォローしているという条件抽出を行なった。
これも違う、これも違う。こんなのもあいつじゃない。全然違う。
不意に目につくアカウントがあった。日常ツイートはほとんど見かけない。フォローしているのは企業の公式アカウントや有名人ばかりだ。それと、個人ではガラの悪そうな店や人。
このアカウントがお気に入りに登録した呟きを見てみる。大企業の社長から平社員までの仕事に関するちょっとした呟きが多い。交流もほとんどなさそうなのに妙だ。
このアカウントの呟きを解析する。削除されてはいるが、たまに呟きが投稿されているようだ。俺はその履歴を復元する。

ビンゴ。

「今から帰るよ。ユキ兄夕飯何がいい? か」

メールだか何かと間違えてトゥイッターに投稿してしまったんだろう。でも、このアカウントで確定だ。

「見つけたよ。柚子」

あれからメールや電話をしても無視、しまいには携帯電話も解約されてしまった。一緒に遊ぶうちに覚えてしまったIPアドレスも一切活動しなくなった。数日後、あいつの家に向かったけれど、既にもぬけの殻だった。
錯刃大学にも向かったが、怖いスーツの男に睨まれ、何度かボコられた。伝手を辿って同じ学部であろう人間に聞き込みをしたけど、広いキャンパス内に狭い柚子の人間関係が相まって、なかなか見つからない。やっと掴んだ情報も、最近はそもそも大学にすらあまり行っていないらしいとのこと。

あの、馬鹿真面目な柚子が学校に行かないなんて、不自然すぎる。
危険を承知でマイナンバーの登録されているミラクル社のデータベースにも忍び込んでみたが、柚子はおろか、早坂兄弟の名前すら登録されていなかった。

邪の道は邪。記憶の片隅にある吾代という名前を手掛かりに早乙女金融に辿り着いたものの、なぜか遠くに移転したらしく、寄り付く壁もなかった。

早坂兄弟の隠蔽は完璧だった。

結局俺たちの青春は、全てあいつらの掌の上でどうにでもできる存在であって、俺たち自身も許容範囲の中でただ踊らされていただけの、ちっぽけな高校生に過ぎなかったというわけだ。今だって柚子を見つけようと躍起な俺を見て腹抱えて笑ってるんだろう。
でも俺はもう高校生じゃない。国家権力の一端を担う刑事の1人だ。柚子だって人間だ、アニキ以外に興味を全く持たないわけじゃないのは今回の一件で分かっている。

「リアルじゃ完璧に隠せただろうけど、ネットの世界じゃ隠しきれなかったね」

これが新しいIPアドレスか。俺はニヤリと笑う。
柚子のためならいくらでも無様にもがくし、踊ってやるよ。ただし、俺が踊るのは国家権力の犬のワルツだ、自分のしっぽの動きすら分からない馬鹿な子犬とは違う。それにネットワークの世界じゃ俺の方が有利だ。絶対に見つけて食らいついてやる。最初は本人に拒否されるかもしれない。だから、すぐに接触はしない。でもチャンスが来たら今度はもう遠慮しない。大事な友人を、好きになった女の子を、そう簡単には諦められない。

「久しぶりだよね、柚子。元気にしてた? あ、言わなくていいよ、これを見りゃ全部分かるから」

子犬のしっぽを掴んだ俺は、更なるネットワークの海へと飛び込んでいった。

(20190211)春が踊る、完

→蜃気楼の檻13
→番外編放課後の変遷


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