子犬のワルツ

□悪戯の結末
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「げっ……匪口……」
「やーっぱり来たな」


 ここに来れば会えるかなと思ってたんだ。俺はそう言ってへらへら笑ってみせる。来なきゃよかった、と柚子が愚痴った。


「はいはい、匪口さんは柚子さんのことが大好きなんだよね」


 以前俺のノロケを散々聞かされたからか、呆れたように桂木がが言うと、「それで? 今回は何で柚子さんに会いたかったわけ?」と聞いた。


「どうせ大したようじゃないんだろうけど」
「おい桂木、どういう意味だよ。用事はちゃんとあるんだって」


 口を尖らせると、俺は軽く柚子を睨んだ。


「笛吹さんから聞いたよ。おまえ、警察署に行って“匪口は後でいたずらとして使うために電子ドラッグの破片を脳に残すような危ない人間なので、早急にワクチンを見せた方がいいです”と言いながら、正しい礼儀作法DVD全集全十巻と特典映像“宇宙人に会った時の礼儀作法”を渡したらしいな」
「うん、渡したよ」


 あの地獄の十二時間を思い出し、身震いをする。あれは本当に最悪だった。今すぐ忘れ去りたい。だが、体が覚えてしまっている。くそっ。


「おかげで、条件反射で礼儀正しくなっちゃったんだぞ」
「あんたが礼儀正しいとかまじありえないしまじないわ。むしろギャグ。腹筋死ぬ」
「真顔で言っても説得力ないっていうか、全部おまえのせいなんだけど!
「まあでもみんなに笑ってもらえるじゃない。よかったね、真性の構ってちゃん。私も笑ってあげようか? 鼻で」
「結構です」


 固辞する俺をしばらく考えるように見つめると、柚子はやがて口の端を吊り上げた。悪巧みをしている時に現れるその表情に、背筋に冷たいものが走る、その時。


「謝れ、匪口」


 突然何の脈絡もない言葉が飛び出した。そのどこか有無を言わせぬ口調に、俺は反射的に「すみませんでしたァッ!」と腰を直角に曲げてしまった。直後、我に返りDVDのせいだと舌打ちする。顔をあげたら、ぷっと噴き出す柚子の様子が見えた。


「すみませんでしたァッって、何それ馬鹿じゃないの」
「腹立つな。だからおまえのせいなんだって」
「ていうか、直角とかなめてるでしょ。私、土下座が見られるかなって期待したのに」
「友達とは思えない発言!」


 桂木が可哀相なものを見る視線を俺に送る。だけど柚子は「いや、妥当な線でしょ」と仏頂面に戻り肩をすくめた。


「むしろそれくらいしてくれないと困る。HAL騒動のせいで、うちの会社がどんだけ大損したと思ってんの」
「HAL?」


 桂木を目を合わせ、ああ、と合点する。きっと柚子は俺が最後のスフィンクスであったことを責めているのだろう。罪悪感が少し頭をもたげた。


「兄さん達に余計な手間をかけさせたせいで、しばらく兄さん達とベッドに並んでスクリーム映画を見るという毎夜のお楽しみがお預けだったんだから。その報いよ」
「結局は兄さん絡みか」
「当たり前じゃん。それ以外で私が動くと思くわけないでしょ」


 首をかしげながらもそう言う柚子に、俺は少し落胆していることを自覚した。無意識のうちに、彼女が自分に何らかのアクションをとってくれたことに喜びを感じていたらしい。卒業後は相反する職種に就き、ほとんど顔を合わせることもなく、(向こうの一方的な)仲違いをしていた。学生時代の頃のように、俺に悪戯をしかけてくれたのだとしたら、俺は自分に僅かでも関心を持ってくれていたのだと自惚れることができた。
 けれど、実際は兄さんの為だ。いつだってそうだし、柚子は俺に素っ気無い。口で言うほど俺を嫌ってはいないのは確かだけど、やはり目に見える形で好かれているという確証は欲しい。


「はい、弥子ちゃん。これ、頼まれていた奴」


 感情を必死で押し隠す俺の前を平然と通り過ぎ、桂木に鞄から取り出した資料を渡す。桂木は一瞬驚いたものの、きちんと礼を言った。柚子は「別に、仕事だし」と興味なさそうに呟くと、背を向けとっとと歩き出す。


「あ、あの、柚子さん。せっかくだから、お茶でも一杯飲んでいきませんか?」


 桂木が声をかけるが、振り返りもせず「いい」と拒絶する。


「どこかの馬鹿のせいで、予定がおしてる」
「おい、その馬鹿ってまさかとは思うけど俺じゃないよな」
「あんたよ、匪口」


 ドアのところで立ち止まり、ようやく振り返る。眉間にはいつもより多くの皺が刻まれていた。


「天才だって過信してHALに逆に支配されるなんて馬鹿の極みだし、パソコンばっかいじってるもやしっ子のくせにネウロとカーチェイスなんか無謀なことしたり、第一あんたは私とあんなに長く過ごしておきながら過去について何も教えてくれな」


 不意に柚子が黙り込む。俺は彼女が言うつもりであっただろう言葉を推測し、顔が綻ぶのを止めることが出来なかった。――第一あんたはわたしとあんなに長く過ごしておきながら過去について何も教えてくれなかった。


「悔しかったんだろ?」


 俺は笑みを隠さず、柚子に確認をする。おそらく自分の発しようとした言葉に驚き、混乱しているであろう彼女のために。


「俺の過去とかトラウマとか感情とかまったく知らないで普通に友情やってた自分が、情けなかったんだろ? 友達として何も助けてやれなかった自分がふがいなかったんだろ? なのに自分より付き合う時間の短かった桂木にあっさり俺の暴走を泊められて、悔しかったんだろ? それに、心配してくれたんだよな?」


 びくり、と柚子の肩が跳ね、大きく目が見開かれる。その少し新鮮な反応に確かな手ごたえを感じた俺は、ますます笑みを深くした。


「元々、人一倍心理分析能力がないおまえに優しくて心の響く言葉なんて期待してないよ。おまえとはただ、学生時代みたいに、下らないこと話したり、馬鹿やったりして、一緒にいてくれるだけでいいから」


 実際はもう少し複雑な感情を持っていたけれど、柚子を混乱させないためにもこれ以上は言わない方がいいだろう。口を噤むと、静かに聞いていた柚子が、ゆっくり下を向いた。その表情が少しだけ緩み、柔らかくなっていくのを俺はじっと見つめる。やがて、ちらりと視線をあげた柚子と目が合った。目が若干潤んでいるように見えた。彼女はぱっと頬を赤らめ、俺に向けて「格好いいこと言うな、匪口のくせに」と弱々しく叫んだ。最後に「馬鹿っ」と意味もなく吐き捨てると大きな靴音を轟かせて階段を駆け下りていった。


「……何、今の可愛い生き物」
「あれはツンデレって言うんだよ」


 ぼそりと呟いた桂木にそう返せば、彼女は「へえ」と生暖かい目でドアの方を見つめる。


「面白い生き物だね」
「だろ。……なあ、桂木」
「ん?」
「賭けようか?」
「へ? 何を?」


 きょとんとする桂木に、にやりと笑いかける。


「明日、警視庁の最寄のスタバで、あいつが温かいココアを飲んでいるかどうか」
「えぇー? さすがにそこまで単純じゃないでしょ」
「じゃあ、あいつがいたらその日の昼飯奢りな。で、もし俺の姿を見て“ひ、匪口、別にあんたのことを待ってたわけじゃないんだから!”とか“調子のんな馬鹿!”とか言ったらデザートお奢りな」


 俺はよし決まり、と手を叩く。桂木が考え込んだ後「匪口さん、」と声色を弾ませた。


「その昼飯とかデザートって、賭けに勝った人間が何をどれくらい頼むか、決めていいんですよね?」
「ちょ、そのルールおまえに適応したら負けた時、俺破綻するだろ!」


 ……ま、負ける気はしないから、いっか。いつにない幸福感で胸を温かくしながら俺は気前よくうなづく。明日、あいつ、俺のことを待ってココアでも飲んでるかな。飲んでるといいな。その情景を想像し、俺は小さく笑った。

 End.


(20110319)

素敵ネタを提供してくださったリウ様に多大なる感謝を。
 

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