コイン

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「切り札? 何言ってんだよ」
「あんたの服には、凶器が入るようなスペースはないし、早坂さんもあんたは武器は使えないって言ってたぜ」
「やだなあ」


 わたしは笑い、首を傾げる。


「切り札イコール武器、だなんて誰が決めたんです?」
「……なるほどな」


 ぴんと来たらしく、相棒の方も銃を取り出す。しかし、その銃口はわたしの方ではなく、周囲を警戒するように、ぼんやりと宙に向けている。


「誰か用心棒が隠れていて、俺達があんたを撃ったらソイツが俺達をドン!って撃つってことか」


 どうやら、犯人が人質とグズグズ喋っているのは、ドラマの中だけではなかったらしい。まったく、呑気にお喋りする暇があるんだったらさっさと撃ち殺しちゃえばいいのに。


「名前くらいは知ってるでしょう? あなた方のトラブル処理班をたった一人で撲滅させた、泣く子も黙る――」
「――吾代忍か!」


 相棒が身を固くさせる。


「あんた、奴と待ち合わせしてたんだな!」


 あぁー…実際そうだったらどんなに良かったか。


「落ち着け、相棒。どうせハッタリだ……」


 そういう笠原さんも自信がないのか、語尾が危うい。


「お母さんから習わなかった? 常に最悪な状況をいくつも想定しとけ、その中から最高な解決策を選べって」


 わたしの見込み通りなら、稼げる時間は一瞬だ。わたしの見込みが外れ、この人達に相撃ちをする気概があったら、わたしはきっと――死ぬ。わたしは、伏せていた目をふと上げ、表情をパッと輝かせた。


「来た」
「?!」
「吾代さん、助けてっ!」


 滅多に出さない大声を出す。


「?!」
「吾代さん?!」


 その声に二人は身を硬くさせ、後ろを勢いよく振り返る。が――


「……やっぱハッタリだったか!」


 もちろん、後ろには誰もいない。人が咄嗟に隠れられるような場所もない。でも――


「……七瀬ユウ…どこに行きやがった?」
「知るか……!」


 ――前にはいくらでも隠れられる場所がある。


「……くそっ…!」


 蹴っ飛ばされたのか、わたしの隠れていた倉庫の壁がガタンと大きく揺れた。


「……まだ、遠くには行っていないハズだ。手分けして探そう」
「こんなにたくさんの倉庫の中を一つずつ、か?」


 無理だ、と笠原さんが呟く。


「第一、あいつが逃げ道のない倉庫に隠れるような馬鹿な真似をするとは思えない。きっと、走って逃げたんだ。それより、応援を要請した方がいい」
「早坂さんに逃がしましたって言うのか?」
「本当に逃がしてしまうよりはよっぽどいいだろ」
「……そうだな。そうかもしれない」


 暗い声。上司に自分達のミスを報告するのがよっぽど嫌なのだろう。急がなければ、本当に逃がしてしまうかもしれないというのに、二人は重い足取りで、ノロノロと歩き出した。わたしは、彼らが大分遠ざかったのを確認すると、命が助かったことに感謝しながら、静かに倉庫から這い出した。


 ――助かった。


 正直これは賭けに近かった。






 ――「隠れられる場所がこんなにあるってことは、警察が探さなきゃいけない場所がたくさんあるってことですよね。まあ、たとえわたしが誰かに追われているとしても、どこかに隠れるなんてことはしませんけどね。追い詰められて終わりなんて間抜け晒すくらいなら頑張って走って逃げます」






 先ほどわたしはさりげなく彼らにそう漏らしていた。それが彼らの頭に引っかかっていれば、わたしが一瞬の隙をついて姿をくらませた時、隠れたのではなくどこかへ走り去ったと自然に思うように。人間は前提を与えてやれば、相手にそれを感じさせないままある程度行動を制御できる。どうやら上手くいったようだ。これで、もし成功していなかったら。ゆるゆると首をふり、その先の思考を停止させる。そして、ゆっくり立ち上がると、二人の後ろを王者の如く堂々と歩き出した。


 ――確か、尾行する時は下手に隠れない方がいいんだよね、などと考えながら。


 歩き出して3分程経った頃、目的地に近付いたのか、二人の歩みが目に見えて遅くなった。そして、とある倉庫の前で完全に足がぴたりと止まった。


「早坂さん――」


 ビンゴだ。


「申し訳ありません。七瀬ユウを逃がしてしまいました」
「……何だと?!」


 一瞬、轟くような怒声が聞こえ、そして慌てて口をつぐんだような気配がした。近付くにつれ、五人分の人影が見えてくる。顔までは識別出来ないものの、誰がいるのか、大体の想像はついた。わたしは更に彼らに歩み寄る。


「……私は殺してでも、彼女を逃がすな、と言ったはずだが」
「……そんな?!」
「殺っ…?!」


 その言葉に反応した声は、弥子ちゃんとユキのものだった。


「殺すって、アニキ」
「ユキ、何も知らない君は黙っていなさい」


 そんな言い方はないよ。第一、何も知らせなかったのはあなたなのに。わたしは顔をしかめる。


「そうか。ならば、――」


 何かを小声で指示する。二人は了承したようにうなづくと、倉庫の中に駆け足で入っていった。


「――さて、聞きたいことがあるんだが、」


 早坂さんが声を張り上げた。


「どうして、君がここにいるのかな、お嬢さん?」
「あ……」


 一瞬声が詰まり、それからにっこり笑ってみせる。


「バレてたか」


 その声に釣られるように、その場にいる全員がわたしを見た。


「ユウ、何で……?!」
「ユウ!」


 弥子ちゃんとユキが、驚愕したような声を上げる。


「おう、やっぱり来やがったな」


 吾代さんの声は意外と落ち着いていた。何も言わず、堂々と立っているその人影は、きっとネウロだろう。ここからじゃ、彼の表情は見えない。一体、どんな表情をしているんだろう。自分達をはめた人間達に対しての怒りを露にしている? それとも、素直に感心している? それとも、わたしと同じように、これから早坂さんをどうやって料理しようかと想像し、笑っている?
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