コイン
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別れ際のあの劣等感丸出しの表情を思い出して思わず笑みがこぼれる。
吾代さんは変わった。前は、自分は自分、他人は他人って割り切ってたのに、今じゃわたしに比べてガキっぽいっからって劣等感感じちゃって。まぁでも、劣等感丸出しの表情見るのは好きだし、そんな卑屈な吾代さんも嫌いじゃない――
「――ユウ、」
ユキが不意に、わたしの手を掴んだ。
「――他の奴のこと考えてんだろ?」
――「他の男のことを考えているな?」
何故か、ネウロを思い出した。わたしは首を傾げる。
「……何で分かったの?」
「……やっぱりな」
わたしの問いには答えず、眉の皺を濃くさせる。そこには、先程の子供のような笑顔など微塵もない。
「せっかくあんたを独り占めできると思ったんだけど……うまくはいかねーみたいだな」
背筋をゾクッとさせる鋭い眼光が、わたしを射抜く。
「どうして、あんたは俺を見てくれない?」
「や……見てるじゃん」
「そういう意味じゃねぇ」
苛立たしげに、首をふる。
「あんたはいっつも俺を子供扱いして、まるで俺を男と見ちゃいない」
わたしはきょとんとユキを見つめ、それからようやく理解する。そういえば、この頃ユキはよくわたしのことが好きだ、あんたといると寒くない、などと愛に似た言葉を囁く。ユキはわたしのことが好きなのだろうか。ふと考える。少し淡い期待を抱いて――そんな自分を笑った。
「ユキがそもそもわたしを見てないから、じゃないかな」
そして、ユキにそう言ってみせる。優しそうな笑みを浮かべるわたしを、ユキがじっと凝視する。
「あんたっていつも余裕だよな……よしっ」
何か思い付いたのか、ニヤリと笑う。それはいつもの純真なものではなく、何か悪いことを考えているようだった。
「……あんたのその余裕、崩してやるよ」
ユキのもう片方の手が、わたしの頭に回される。そのまま、頭ごと自分の顔に近付けて、
「……?!」
ユキの冷たい唇が、わたしの唇に触れた。
「ユキ、」
口を開いた瞬間に出来た小さな隙間に、ユキの舌が捩じ込まれる。
「ユウ、」
ザラリとした冷たい舌が、舌に絡まる。むさぼるような、求めるだけのキスだ。
「俺を、見てくれ」
でも、ユキが求めているのは、わたしの愛なんかじゃない。
脳の端で、そんな言葉が浮かんだ。
「好きなんだ。本当に、好きなんだ。だから……」
何でユキはそのことに気付かないんだろう。不思議に思う。
「……傍に、いてくれ」
でも。それでユキがほんの一時でも気が休まるのなら。そこまで考えたわたしは、そっと頭の力を抜いた。このキスを拒まないことくらいしか、今のユキにしてあげられることはない。受け入れることも、甘受することもできないから、せめてわたしは無抵抗で――
「おやおや、」
早坂さんのからかうような声にびっくりしたユキが力を緩める。
「まさか、君達二人がそんな仲だったとは。言ってくれれば良かったのに。水臭いじゃないか、ユキ」
わたしはユキから顔を離し、入口からニコニコ眺めている早坂さんに視線を向けた。
「何かご用ですか?」
「あぁ、二人の邪魔をするつもりはなかったんだ。ただ、ちょっと仕事をしてもらいたくてね」
ユキもわたしも、何も言わない。
「ここ一番の大仕事なんだよ。ちょっと一緒に来てくれないか?」
「大仕事って……夜なのに?」
「この仕事は夜にした方が、効果的なんだよ」
「目立たない、の間違いでしょ」
そう吐き捨ててみせれば、「そうとも言うね」と早坂さんがにっこり笑った。わたしはだるそうに「いいですよ」と答えた。
「行きます。どうせロクな仕事じゃないんだろうけど」
「ハハハ…キツいねぇ」
わたしの軽い挑発を笑顔で受け流す早坂さん。曖昧にしか答えず、イライラしている相手を見て楽しむその姿は、どことなく自分を彷彿とさせる。同族嫌悪と言われても構わない。わたしは早坂さんが嫌いだ。
「……」
ユキが早坂さんを見て、ぶるっと身震いした。
「……寒い」
腰に手を回し、強くしがみつく。それを見ながら、わたしは思う。ユキがわたしに甘えてくるのは、わたしと早坂さんが似ているからかもしれない、と。
そう考えると、わたしはますます早坂さんが嫌いになった。