コイン
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夢みたいだ。まさか、ユウとこうして映画館デートする日がくるなんて。暗い館内でガチガチに緊張させた体を座らせながら、俺は考える。しかも、今回の映画は恋愛物。脈アリなんじゃないか、と期待してしまうのも仕方のないことだと思う。
俺は隣に座るユウに思いを馳せる。こいつは今、俺の隣でどんな状態なんだ? 俺みたいにガチガチに緊張してるのか? それとも――。俺はワクワクしながら隣をそっとうかがいみた。そして、顔を引きつらせた。
「……あ、もう映画終わったんだ」
映画が終わり、館内に電気が付き始めたと同時にユウは目を覚ました。大きく伸びをすると、俺の方を見て、怪訝な表情になった。
「どうかした?」
「別に」
「いやいや、何か怒ってんじゃん。どうしたの? 眉間の皺がいつもの5割増になってるよ」
「よく分かるな」
「そりゃ、吾代さんは分かりやすいし。で?」
ユウは本当に分かってないらしい。俺は溜め息をついた。
「何もねェし、あったとしてもテメェには言わねェよ」
言ったってしょうがねェことだって分かっている。だったら顔に出さずに何もないように振舞うのが大人だと分かっている。分かってはいるけれど、実践できるかといえば、それはまた別の話だ。
「意地張っちゃって。何なの、映画がつまんなかったの?」
「違ェよ」
「じゃあ何よ。あ、お腹空いたの? 確かにもう10時だもんね」
ユウにしてはしつこい。いつもならふーん、で終わらせてくれんのに。
「違ェ」
「んー。あ、わたしが寝てたから?」
「違ェ――じゃなかった、合ってる合ってる」
「やったぁ、ご褒美になんかちょうだい」
「ん、何がいい……ってやんねェよ!」
彼女に乗せられかけた俺は、大声を出す。
「ふーん……別に、そんなに怒るようなことじゃなくない?」
「……」
分かってる。
「チケットはわたしの分はわたしが出したし」
「分かってる」
「睡眠は体に必要だし」
「分かってる」
「わたしが何しようと吾代さんに迷惑かけない限りはわたしの勝」
「分かってんだよそんくらい!」
カッとなって思わず怒鳴る。その直後、後悔が波のように押し寄せてきた。――分かってる、ユウは悪くない。ユウの言っていることは正論だ。分かってる。勝手に苛ついて、勝手に逆上してることくらい。その原因がいかに大人気ないかってことくらい。それくらいさらっと流してやればいい、大人なら。
分かってる。たった一言、悪ィって言えばいいのに。言ってしまえれば楽なのに。――声を出すタイミングを計り損ねたような焦燥感が俺の中を駆け回る。数秒間、気まずい沈黙が流れた。
「ちょっと、服買いたいんだけど、いいかな?」
先に沈黙を破ったのは、ユウだった。何気ない動作で腕時計に目をやると、まるで何事もなかったかのように普段通りの声を出す。
「お、おう……」
その対応にホッとして、ぎこちなく立ち上がる。でも、完全に仲直りした訳じゃないし、そのまま何食わぬ顔で普段に戻れるほど俺は図々しくもない。
「行こう」
「おう……」
結局、俺は映画館を出るまでユウの目を直視することが出来かった。