コイン
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「じょ……冗談はよして!」
指差された若き母親が、赤ん坊を強く抱き締める。
「何を根拠に」
「根拠も何も。ずっと見てましたよ」
助手が母親の声を遮った。
「あなたがそこのトイレから通気孔に入り、信管を仕掛け直すところまでね」
ずっと見ていた、だと。俺は目を見開いた。
「他の個室からも天井が見えるこのトイレの構造上……あなたは他に客がいないか、念入りに確認したはずだ。一つ一つ個室の鍵を見渡してね」
確かに、ここのトイレは誰かがトイレに入ると自動的に鍵の色が赤くなるような仕組みになっている。
「しかし先生は、個室のひとつの鍵の色に細工をして、外目からなら空室に見えるようにしておいたのです。あなたはまんまと他の客がいないと信じこみ、通気孔に入っていかれました」
なんだよ、その時点で犯人分かってたのかよ。
「じゃあそこで止めろって! わざわざユウに爆弾解除なんて危ないことさせる必要なんかないだろ!」
「すいません。面白かったので見てました」
棒読みの助手。
「まぁいいじゃん。楽しかったし」
「よくねーよ……」
こっちがどんだけヒヤヒヤしたか、なんて説明するだけ無駄だ。そう悟った俺は、フーッと深いため息をつくだけにとどめておいた。何だか面白くない。
「証拠だっていくらでも残ってます」
「あっ」
助手が彼女の鞄から携帯をひょいと取り出した。
「例えば、この携帯。発信履歴に片っ端からかけていけばすぐに繋がるでしょうね。――あなたの携帯からそこの爆弾への起爆操作が」
うっ、と言葉を詰まらせる母親。何も反論してこない。
「……あぁ……」
母親――いや、ヒステリアが呟く。
「正体がバレて悔しがるべきなのか……喜ぶべきなのか……」
先程の穏やかな声とは打って変わって低く、冷静な声だ。
「分かってる。もちろん……喜ぶべきなのよね」
ニコッと笑うヒステリア。その異様な雰囲気を感じ取ったのか、怪訝な顔のユウと顔で見合わせる。何が言いたいんだ、この女は。
「……私の中には一人のカレ〈本能〉が存在するの。脳の中のあらゆる破壊衝動を掻き集めて組み立てたカレが……おーよしよし」
語り始めたヒステリアは泣き始めた赤ん坊を軽くあやすと、愛しげに抱き締めた。
「結婚して4年たつ。子どももこの子で二人目。私は旦那と子どもを愛してるし、旦那だってそれは同じ。とっても平和な家庭……」
確かに、何か不満でもあるのかと思ったけど、まったくなさそうだ。
「でもね。一つだけ問題があるの」
あるのかよ。
「ほーら。高い高――い」
腕を伸ばして、キャッキャと赤ん坊を一番高いところまで持ち上げる。
「……ぶっちゃけられないの!!」
突然怒鳴られた反動で、ユウがピクッとたじろいだ。
「家族の前ではオレ〈本能〉の顔を出せないの!!!」
敵に向かってひたすら吠える狂犬のような形相のヒステリアに、弥子ちゃんも三人の証人も、びっくりして声が出ない。さっきの穏やかな表情からは想像もつかないほどの豹変振りに、俺は先輩だった竹田刑事を思い出した。
「外に出したいの、この破壊衝動を! 壊したくて壊したくて仕方ないのよ!!」
赤ん坊が怒声に驚き、再び泣き出す。
「おーよしよし、いい子いい子……けんちゃんはいい子だ……泣かないの、よーしよし……」
フッと穏やかな表情に戻ると、赤ん坊をあやしなおした。
「でもね、家族の前ではいい人でいなきゃダメ。私の中のカレ〈本能〉の姿なんか見せたら……悪い子に育っちゃうでしょ」
「古いよね。考え方古いよね」
ひそひそとユウが俺に話しかける。犯人の豹変ぶりには何とも思ってないらしい。