コイン

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 曇り一つない鏡に眩しいほどの照明。床には大理石が敷き詰められている。さすがクイーンメアリーズホテル。トイレまでもが豪華で清潔だ。


「爆弾あった?」
「あったよ。こっちこっち」


 ユウが天井裏からヒョイっと顔を出す。


「待ってろ。俺も登るから」


 ドアノブに足を引っ掛けると、天井裏に手をかけて、ググッと体を持ち上げる。天井裏へ顔を突っ込んでみると、なるほど、確かにでかかった。どうやって、これほどまでに巨大な爆弾をここへ運んだのか謎だ。


「結構仕掛けは原始的だよ。信管が爆薬に電気的な刺激反応を与えて爆発する仕掛けになってる。で、その電気的な反応ってのが、電流の途絶えになってるんだと思う。この電線には常に電気が流れてて、電流が切れたら爆発するようになっているんじゃないかな」
「でも……緊急用の解除コードもあるだろ?」


 電線もグチャグチャになっていて、どれがどれだか分からない。きっと、ダミーの電線を切ってしまうと、爆発してしまうようなトラップもあるんだろう。


「もちろん。ヒステリアは爆破場所のヒントを出していたからね。当然、捕まったり足止め喰らったりする可能性は視野に入れて作ってるはず」


 そういうと、ユウは絡まったコードをほぐし始めた。


「取り敢えず選択肢を絞ろう。お兄ちゃん、鞄の中にカッターあると思うから、それとって。……その右、あっそれそれ」
「なんで持ってんだよ」
「護身よ……じゃなくて、文房具として使うんだよ」


 カッターを護身用に持つ高校生ってどうなんだ、俺は首をかしげる。カッターを掴み、彼女へ渡そうとして、少し躊躇う。


「……やっぱさ、専門家が来るまで待った方がいんじゃねーの?」
「それで爆発したらお兄ちゃんの責任だよ」
「いや、笛吹の責任」
「こらこら、責任転嫁しなーい」


 そう言いつつ、ユウは俺の手からカッターを奪うと、潔くスパッと切る。――爆発しない。俺はホッとした。ユウはホントにちゃんと爆弾を解除できる。そんな証明になった気がして、俺は俄然やる気になった。


そんな俺をみて、ニコッとするユウ。


「わたしを信じてくれていいよ」
「そうみたいだな。何か手伝うことある?」
「さんきゅ。じゃ、こっからこっちの電線ほぐして」
「了解」


 そう言うと、ユウは俺にニコッと微笑みかけた。そして、睨み付けるような目つきになると、電線を注意深くほぐし始めた。たまに、カッターで要らないと判断した電線をゴッソリ切り取る。爪と指先を使って、慎重に作業するユウの顔は、真剣そのものだった。


 確かに、ユウの真剣な顔見るのは滅多にない。ゲームの時は相手を馬鹿にしたような、哀れんだようなむかつく表情だし、他はほとんどニコニコしているし。再会した時は、珍しく焦っているような感じだったけど、暗くてよく見えなかったし。――もしかしたら、俺以外、この顔見た奴いないかも。そう思いかけて、首を振る。何女々しいことを考えてんだ、俺は。


「どうかした?」


 手の止まった俺を訝しく思ったのかこちらを見る。俺は何でもない、と首を振った。ユウはふうんと首を竦めると、作業へ戻る。その表情は、俺が覚えていたのよりも、ずっと大人びていた。いや、顔だけじゃない。雰囲気も、顔立ちも、体も、俺の知っていた五、六歳の女の子ではなくて、大人の女性になっていた。


 今まで何で気付かなかったんだろう。口調や声のトーンが幼いままだったからか? それとも性格が俺の覚えてたままだったからか? もしかしたら、こんな真剣な表情を浮かべてなかったからかもしれない。


 分かっていると思っていた。ユウはもう高校生だって、分かっているつもりになっていた。――分かっていなかった。


 今、俺の目の前にいるこの人間が、急に見知らぬ綺麗な女性に見えてきた。目鼻立ちは整っているし、髪もかなり手入れされている。肌は白い方だろう。笛吹や筑紫は気付いていたんだろうか。多分気付いていただろう。ユウに手を握られて、頬を染めた笛吹を思い出し、何となくイライラした。


「――ちゃん。お兄ちゃん」
「……悪い。何?」


 どうやらさっきっから俺の名前を呼んでいたらしい。俺は首をゆるく振って意識をしっかりさせると、視線を彼女に向けた。


「珍しいね、お兄ちゃんがぼんやりするなんて」


 ハハっと笑うと、彼女はすっきりした配線を指差した。


「要らないの切ったりほどいたりしていくうちに、ベタベタな展開になっちゃったんだよね」
「ベタベタな展開?」
「そう」


 言うと、ユウは2本の線を持ち上げてみせた。


「赤と青、どっちを切る?」


 なるほど、確かにベタベタな展開だ。俺は苦い笑みを浮かべる。これはあれだ。赤と青の配線があって、正解を切れば爆発は止まるが、間違った方を切れば爆発する、という展開だ。俺は溜め息をついた。
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