コイン

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 8月3日、水曜日。大川公園にて、ヒステリアによる11件目の爆発が発生した。


「爆破対象は全体として東へ向かっているな……くそ、ヒステリアめ」


 車から降りながら、笛吹が毒づく。


「調子に乗れるのも今だけだ。必ず私が貴様のシッポを掴んでやる。――もっとも笹塚。君は早期解決など望んでないかもしれないがな……」


 笛吹が俺にニヤリと笑いかけた。


「この事件が解決すれば、私の目は君の失態と、君の頼みのインチキ探偵の素性暴きに向いてしまうのだから」


 インチキ、ねぇ……まぁ確かにうさん臭いけどな。


「それはマズイですね」


 例えば事件現場には必ずいるところとか。全く、と俺は長い溜め息をついた。十回溜め息をつけば何かを交換してくれる、とかそういうシステムはないだろうか。


「だって、事件はもうすぐ解決してしまうかもしれないし」
「お前ら、どうしてここに……」


 笛吹の顔が大きく歪んだ。


「決まっています。
後から着くとシャットアウトされるので、先回りしたのです」
「そんな事は聞いてない!!」


 またややこしいことになったな。笛吹と助手のやり取りに肩を竦めると、一歩下がって二人の応酬を見守っている弥子ちゃんに声をかけた。


「弥子ちゃん、帰れっつってたハズだけど? いられると迷惑なんだってば」
「フンッだ……別に私がどうしようと勝手でしょう?」


 ユウみたいなこと言うようになったな。そう言いかけ、彼女の姿が見えないことに気付く。昔から自分のやりたいようにするあいつのことだから、俺が何と言おうと現場に来るものだと思っていたのだが。


「ユウは?」


 首をかしげそう訊くと、途端に弥子ちゃんは罰の悪そうな顔をした。


「ここにはいませんけど……」
「ふーん……」
「なんなら呼びましょうか?」
「いや、いい」


 むしろあんたらも帰ってくれ。言いかけた俺の前に、白い手袋を嵌めた手がヒステリアのカードを突きつける。弥子ちゃんの助手だ。推理を始めると言いたいらしい。俺は口を閉じると、彼の手元に注目した。


「ヒステリアは警察に知恵比べを挑んだのか、その真意は分かりませんが、ご丁寧にヒントを出していたんです。カードの1行目を見てください。“爆弾魔”のスペルが違いますね。正しくは“BOMBER”ですが、ここには“BOMMER”と書いてあります。この綴りでは人の名前になってしまう」
「そんなことは気付いてる」


 笛吹が眼鏡に手をやる。


「頭の悪い犯人が間違えたんだろ?」
「何件もの爆破を成功させた犯人がそんなミスを犯すとは思えません」


 助手が冷静に反論した。


「そこで先生は、爆破された場所に共通するものを探したのです」


 共通するもの。俺は首を傾げた。対象物は大学やファストフード店など多岐に渡る。ジャンルはバラバラだし、名前だって――名前?


「人名か!」
「その通り、笹塚刑事!!」


 助手がウィンクをした。


「犯行現場の建物・場所には全て人の名前が入っているのです。それを暗示するためにわざとスペルを人名にしたと思われます」
「根拠に乏しいぞ。人名が入ったビルなどいくらでもあるだろう! むしろない方が珍しい」
「一番最初の犯行から3か月ほどの間に、」


 助手は笛吹を無視すると、一枚の紙を取り出した。


「ヒステリアは6件の爆破を行なっています。その6件の現場の頭文字を小文字で表しました」


 上原の  “u”
 浅野の  “a”
 若尾の  “w”
 沸井の  “w”
 沖島の  “o”
 クエイドの“q”


「これをひっくり返すと――」






 b
 o
 m
 m
 e
 r






 ――爆弾魔の文字が浮かび上がり、皆が息を呑む。俺はなるほど、と目を見開いて感嘆していた。細部の違和感にも理由をつけて捜査を続けてしまいがちな俺や笛吹には到底考え付かなかっただろう。
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