コイン
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「無差別に爆破をしてきたあいつが、今度は知人に手を出した……――いや」
笛吹さんの眼鏡がキラリと光った。
「案外ヒステリアはこの男一人を殺すための煙幕として、無差別爆破を繰り返した、という可能性も十分ある。ともあれ親しい知人をあたるんだ! その中に必ずいるはずだ! さっきまでこの店に目撃されている奴が!」
ぱちぱちぱち。張り詰めた空気の中、脳天気に拍手する空気の読まない人間が一人いた――ユウだ。
「さすがブルガリ。確かに辻褄合いますね」
でも。ユウがニッコリ笑った。
「残念ながら、不正解」
「な――なんだと?!」
笛吹さんの頭に血が上る。笹塚さんが再び溜め息をつくのが目に入った。
「その通り!」
明るい声でユウの肩を持つ奴がもう一人いた。ネウロだった。いつの間にか私達の背後で爽やかな笑みを浮かべている。
「先生に命じられて店内の人から証言を聞きましたが、あなたと違って先生は、犯人を顔見知りとは断定しませんでしたよ」
「……何ィ?」
笛吹さんの眉がぴくりと動く。ぎろりと睨まれ、私は肩を縮みこませた。悪いのはネウロなのに。悪いのはネウロなのに!
「被害者は、最後の電話でこう言っていたそうです」
――切るぞ! 電波わりーから電池減んのはえーんだよ!
「おそらく電池切れの警告音がしていたのでしょう。本人にとって予想外の電池の消耗。彼はそれを電波が悪いせいだと思った。ですが――」
自身の携帯電話を取り出す。
「この店内の電波状況は概ね良好。電池の減りを早めるほどとは思えません」
「何が言いたい?」
笛吹さんが低く唸る。ネウロは携帯の蓋を取り、電池パックを見せた。
「携帯のパックは、ワンタッチで取れます。機種さえ合えば、すり替えに数秒もかかりません」
「ちょっとおトイレとかいった隙があれば、赤の他人でも出来る」
「……まぁトイレとは限りませんが」
ネウロが苦笑いを浮かべる。
「ちなみに犯人もこの場にいた確証はありません。少々カードをお借りしましたが」
「え……あ!!」
空になった胸ポケットへ焦って手をやる。ぎろりとネウロを、そして私を睨みつける。だから私は悪くないんだってば。
「貴様、いつの間に!!」
「この軽くて丈夫な金属製のカード。携帯のバッテリーと実に近い大きさです。これもついでにフタの裏に仕込んでおけば――」
「――爆発と同時にその場に舞い上がる。わざわざトイレの隙にカードを置く必要がない」
トイレから離れようよ、と心の中で突っ込む。笛吹さんは一瞬黙り込んだが、慌てて「その推理にも確たる物証はないだろうが!」と怒鳴った。
「私の推理が正しいならば……犯人は知人だ! そして、この男を殺すことで犯人の目的は達成されているハズだ!」
笛吹さんが人差し指を突きたて「つまり」と胸を張って宣言する。
「奴はもう爆弾は仕掛けないッ!!」
その時、地の揺れるような爆音が響き渡った。私達には丁度彼の背後の窓から、大きな爆発が起きるのが見えた。写真で見たきのこ雲が浮かび上がったのと同時に、笛吹さんの眼鏡がずれおちる。その顔は驚きで満ちあふれていた。店内が静まり返り、誰もが沈黙を守る。その時、堪え切れないようにユウが笑みを漏らした。周囲の、そして笛吹さんの視線が、ユウに集中する。
「恥じることはありませんよ、笛吹さん。あなたは警視であって、探偵ではないのですから」
どこか哀れみを含むユウの声が、笛吹さんを嘲笑うかのように響いた。