コイン
□9
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「3。それにしても残念だな。うちでお風呂くらい入れてあげようと思ってたのに」
あの後、アカネちゃんが充電ぎれで萎れかけてしまっていたので、急遽事務所に帰ることになった。そして今は、ユウが暇つぶしにと常備していたトランプでダウトをやっている。
「4。はい、弥子ちゃんダウト」
「な、何で分かったの!」
半ば憎しみを込めた目でユウを睨み付けると、三人の真ん中に置いてあったカードの束を引き寄せた。さっきっから手元札が増えるばかりだ。まったくもって面白くない。こうなるんだったら、もっと早くジョーカーを使っとけばよかった。
「5。さっきまで黙っていた奴が喋りだしたらユウでなくてもあやしく思うぞ」
「6。そうかなぁ……」
「7。でも確かに活動時間短いよね」
ユウがネウロを見た。
「もっと長くなんないの?」
「8。ふむ、教科書にしこんだバッテリーは至極単純なものだからな……」
「じゃあ複雑化すればいいの?」
「その通り。だが、その教科書の難易度も複雑化して、難易度が5倍になる」
「別に構わないよ。どうせわたし教科書開かないし」
学生なのに教科書を開くつもりがないって、あんたどういう神経してるんだ。思わずそう言いたくなるが、私はゲームを止めている張本人だ。何か言ったらそんなことより早くしろと返されてしまうに決まってる。黙ってカードを整理する作業へ戻った。ネウロが飄々としたユウの態度に舌打ちした。
「……つまらん。おいヤコ、早くしろ」
「分かってるよ、でもカードが多すぎて……」
次は確か9だ。9、9は――あれ。私は手を止めた。8が4枚ある。けれど、ネウロは8と言った。ということは……ネウロは嘘をついている?!
ダウトだ、やったぁ! 思わず意地の悪い笑みが零れる。これを期に、ネウロに屈辱感を与えることができる! どうだネウロ、これがカードキャプターである桂木ヤコの利点なのだ! 私はネウロを見上げて笑った。
「ネウロ、ダウ――」
ニッコリ笑ってそう言いかけた言葉を飲み込む。ネウロの目なんか見なければよかった。心底そう思った。
――言ったら殺す言ったら殺す言ったら殺す言ったら殺す言ったら殺す言ったら殺す言ったら殺す!
ネウロから猛烈な殺気を感じ、冷や汗を流す。やばい、言ったら絶対殺される。助けを求めるかのように、ユウの方を見た。ユウは、ゲームに飽きたのか、携帯を見てニヤニヤしているだけで、このゲームの異変には気付いていないようだ。ユウは頼れない。選択は、自分で決断しなければならない。私はごくりと唾を飲んだ。
ここでダウトと言って殺されるか。最初で最後のネウロをぎゃふんと言わせるチャンスをなしにするか。
「何か言ったか、蛆虫?」
「……なんでもない」
私は結局、命を選ぶと、「9」と呟きながらカードを出した。ユウが携帯を見つめながら「ダウト」と呟いた。その言葉に、漏れる笑みを隠せない。
「あはは、ユウ、残念でしたー。このカードは」
「ジョーカーなんでしょ」
興味なさそうに呟く。あれ。何で知ってんの。笑みが引きつった。
「御託はいいからさっさとジョーカーよこせ」
「あ……うん」
私はすごすごとユウにカードを渡す。何だか行動を全て操られているような気がするなぁ。しょんぼりしたその時、ふとユウが手元をシャッフルするのが見えた。あれ、何でシャッフルしてるんだろう。彼女の数少ない手札を見て、ふと思う。考えて考えて――一つの可能性に思い当たる。もしかして彼女は、10を持っていないのでは? だからジョーカーをそのまま出したい。けれど、そのまま出したら10ではないことがばれてしまう。だから、ユウはシャッフルをした。――うん、辻褄があう。
「私、実は結構ゲームとか得意なのかも」
そう呟いてみせると、ユウとネウロが信じられない、と言いたげな視線でこちらを見た。
「洪水のような量の手札を持っていてその台詞とは……本格的に頭大丈夫か?」
「ネウロが頭を重点的に苛めるから、弥子ちゃんがパーになったんだよきっと」
「言いたいことを言ってくれるじゃん」
私は腹が立ち、ここでユウの一連の行動の理由を暴露しようと思った。すると、言いかける前に「ちなみに弥子ちゃん、」とユウが口を出した。
「わたしが今ジョーカーを出したとか思ってるなら、もう完全に病院へ行った方がいいよ」
「何で分かったし!?」
「相手の手札を推測するのは素人でもできる。その更に上を行きたいと思ったら、相手が今自分に対してどんな推理をしているか考えなくちゃだよ」
「うーん……」
完敗だ、と思った。自分は相手のことばかり考えていたけど、敵が自分のことをどう考えているのかなんて、推測してみようとも思わなかった。
「大体、切り札をこんなどうでもいい場面で使うわけないでしょ。わたしはこれでネウ……ゴホッ、これ以上は言えないなー」
絶対ネウロだ! ユウ、ネウロを負かすつもりで来てる! 私はそのことを確信し、ぶるりと身震いをした。そしてネウロを恐る恐る伺い見る。ネウロはドSな笑みを浮かべてユウを見ていた。ドS対ドS。冷や汗が出てきた。そういえば、ユウもネウロも一度もお互いにダウトって言っていない。きっと2人になった途端にお互い激しくやりあうつもりだ。
「ということは……あ」
考えて、嫌な事実に思い当たる。2人はまず最初に私を打ち負かすつもりなのだろう、ということに。
やばい。絶体絶命だ。泣きたくなったその時。ドアが軽くノックされた。
「開いてるけど……邪魔するよ」
「!」
この声は笹塚さんだ!
「はい、どうぞ!」
ゲームを中断する救世主の存在に、私は心の中で思いつく感謝の言葉をたくさん並べながら、元気に挨拶をした。