コイン
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Xに出会ったからか、翌日の授業には身が入らなかった。不得意な数学ならなおさらだ。私はぼんやりと教室の外を眺めていた。
今回の一件で、思い知らされた気がする。いかに自分が何も出来なくて、いかに自分と彼等との差が開いているか。
「以上のことから先生の知能の高さが証明出来るわけで――」
とぎれとぎれに耳に入ってくる。私はこっそり溜め息をついた。
あの後ネウロから、Xが事務所に進入したと聞いた。彼は、私にさえ化けてのけたそうだ。偶然のように出会ったアイツ……“凶悪犯怪盗X”。彼を直に見てしまったことは、私にとって正直ショックだった。残忍な殺人鬼、犯罪者のカリスマ――色々形容の仕方はあるだろうけれど、彼が指を一本動かせばそれがそのまま悪意になる、そんな感じの人だった。
「――らぎ。桂木!!」
「……あっ、」
はっと気付き顔を上げれば、先生が怒った表情で私を睨んでいるのが見えた。やらかした。周囲の視線に顔が赤くなる。
「教科書も出さないで、余裕だな! そんなに補習が受けたいか?」
「す……すいません」
「よーし、じゃあ今出した65ページの問題の答えはなんだ??」
先生は意地悪だ。ただでさえ数学が苦手なのに、こんなに気が急いている状況で教科書問題を解け、だなんて。でも、元はと言えば授業中ぼーっとしていた私が悪い。
「ちょっ待って! 教科書、教科書……」
私は緊張と恥ずかしさで震える指を精一杯動かして、パラパラとページをめくる。ぱらり、と風が吹いたわけでもないのに自然に65ページが開けた。不思議に思うも、その原因が次の瞬間で明らかになる。
「……アカネ、ちゃん?」
そう、我らが事務所の秘書でありキューティクルの塊であるアカネちゃんが教科書に挟まっていたのだ。しかも、変な、まるで3を描くような形で――3?
「こ、答え…――3?」
恐る恐る口を開く。教室がどよめいた。「すげー!」と先生が興奮して叫んだ。
「やるときゃやるな桂木! やっぱ有名人は違うな!!」
「は……はぁ」
愛想笑いを浮かべると、慌てて教科書に顔を近づけ、「どーしたの、こんな所に!」と囁く。アカネちゃんが左に2回揺れた。まるで、何か外を指しているように。
「――外?」
窓を見ると、ネウロのドSな笑いを浮かべた逆さまな顔が目に入った。嫌な汗が首筋を伝う。
「せ、先生……ちょっとトイレ……」
「おおっ、教科書持ってトイレでも勉強か! 先生の教育の賜物だな!」
先生の調子の良さに苦笑いを浮かべると、静かに教室を移動し、ゆっくりドアを閉める。それから全速力で廊下を走り抜けた。