コイン

□7
2ページ/2ページ

「これ、俺の番号。何かあったらメールなり何なりしていいから」
「……いいの?」


 何となく躊躇してしまい、お兄ちゃんを伺い見る。


「何が?」
「いや、こんなにあっさり自分の個人情報渡しちゃって」
「はじめまして、じゃないだろ」
「うん、まぁ……でも」


 わたしはお兄ちゃんと十年ぶりだ。その間に何があっても不思議じゃないし、もしかしたらこの情報を悪用したり流したりする悪い女の子になっているかもしれないじゃない。そういうことは考えないの?


 そう言いかけた時。お兄ちゃんが「俺は、ユウのことならよく知ってるつもりだけど」と少しだけ眉を吊り上げて話した。相手が尻込みしている時緊張を解こうとしておどけてみせるその癖は、昔を彷彿させた。


「悪用はしない。だろ?」
「……もちろん」
「なら、いいじゃんそれで」


 そう言うとお兄ちゃんは、わたしに名刺を握らせた。わたしはそれを両手で包み、ふふっと笑った。


「ありがと、登録しとくね」


 お兄ちゃんが不思議そうな顔をした。


「何で笑ってんの?」
「お兄ちゃんに再会できて、嬉しいからだよ」


 ――半分本当で半分嘘。本当は、お兄ちゃんがあんまり変わってなくて、安心したから。にっこり笑うと、お兄ちゃんはわたしの顔を凝視した。


「何?」
「いや……可愛くなったなって思って」
「お兄ちゃんは老けたね」
「え」


 お兄ちゃんはショックを受けた顔をして、「……まぁ、そうかもね」と呟いた。 あまりに傷ついた様子だったので、逆に冗談でした、なんて言えなくなってしまう。わたしは申し訳なさに体をもじもじさせると、それを誤魔化すように、ふと時計に目をやった。朝の五時だ。


「そろそろ帰らなきゃ」


 立ち上がって、空の缶をゴミ箱に投げ捨てる。


「もう……ああそっか、学校あるもんな」
「ぶっちゃけ学校なんてどーでもいいんだけどね」
「よくねーだろ」


 お兄ちゃんも立ち上がる。


「送ってくよ」
「……え」


 その何気ないセリフに、わたしの思考回路は停止した。お兄ちゃんにしてみたら特に深く考えずに言ってみたんだろうけど、わたしとしてはそういう“女の子”扱いが、少し……むず痒い。そう考えたら余計恥ずかしさが増してきて、恥ずかしさを感じてしまう自分が嫌で――


「いいよそんなの」


――全力で拒否してしまった。


「でも、まだ夜中だぞ」
「もう夜明けだよ」
「ダメだ、人通りが少ないし、それにこの近くで殺人事件が起きたんだ、犯人がうろついてるかもしれないだろ」
「もういないよ、きっと」
「きっとじゃダメなんだよ」
「じゃ、絶対」


 とにかくいいからと言いかけた時、「せ―んぱーい!!」と叫ぶ物体が部屋の中へ飛び込んできた。巨大な宇宙戦艦……もとい、それを持った若い刑事が開け放したドアから姿を現すと、お兄ちゃんに激突した。


「見てください、これ俺徹夜で作ったんですよ見てくださいこの色合い大きさ迫力……」


 わたしはその隙にそっとドアから失礼した。


 to be continued.


(20100124)加筆修正完了
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ