コイン
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「それにしても意外だなー」
署の仮眠室のソファに座って缶コーヒーを口に含むと、まじまじとお兄ちゃんを観察する。
「お兄ちゃんは頭良かったから、もっとエリートになると思ってたのに」
明るいところで見たら、確かにお兄ちゃんだと分かる。でも、他は大分変わった。まず覇気がない。前だってパンツ一枚で叫びながらバンジージャンプやるような、そんなキャラではなかったけど、でもここまで気だるそうな雰囲気を醸してはいなかった。顎鬚だって結構伸びているし、目の下のクマは一生取れないんじゃないかと思うくらい濃い。声もぐっと低く、深みのある声になった。
正直言って、わたしは目の前にいるこの人が自分の知っている笹塚衛士には思えなかった。どちらかというと、ただの刑事さん。久しぶりに会えて嬉しいけれど、お互いの変化がちょっぴり寂しい。
「まーな、俺だって色々あったんだよ。君が色んな目に遭ったのと同じように」
「ああ、なるほど」
大変だったんだね、と呟けばああ、と疲れたような声が返って来る。
「まあ、生きていればお互い色々起きるよね。今回のこの再会だって、まあ奇跡みたいなものだけど」
「そうだ、ユウ」
お兄ちゃんの視線が鋭くなった。
「何であそこにいたんだ?」
やばい。話の持っていき方をしくじった。わたしは舌打ちしそうになる。
「あそこって?」
「とぼけるなよ。廃ビルから出てきただろ? しかもこんな夜遅くに」
「うん、出てきたね。ところで、お兄ちゃんこそ何であそこにいたの?」
「俺は……刑事だし」
少しの間の後にそう答える。確かにそうだ。あそこはXを現行犯逮捕した場所でもある。けれど、こんな夜遅くに捜査を、しかも一人でするなんて考えにくい。おかしいとは思うけれど、それは御互い様なので、首を突っ込まないでおく。
「俺のことはどうでもいい。君はどうしてあそこにいたんだ?」
「わたしはバイトで」
あながち嘘じゃない。
「何の」
「探偵の助手」
その時、お兄ちゃんの顔が若干引きつった。
「弥子ちゃんとこの新しいバイトって、君のことだったのか……」
「弥子ちゃんのこと知ってるの?」
驚いて聞き返せば、「まーな」と疲れた声で返される。
「俺の担当の事件になぜかよく彼女が出てくるし。いつも危ないことには首突っ込むなって言ってんだけど……」
弥子ちゃん(正確にはネウロ)はまったく耳を貸さないのだろう。その情景を正確に想像して、わたしは口の端で笑った。
「それにしても、こんな夜遅くに女の子を一人で歩かせるなんて」
お兄ちゃんは不服そうだ。わたしはまあまあと宥める。
「これもバイトのうちだし、生きていくためには仕方ないわけですよ」
「ユウ、今も施設?」
「うぅん、一人暮らし」
「弟は」
「地方の学校で寮生活してて、たまにこっちに顔を出す程度」
「不便とかねーの?」
「全然」
わたしはにっこり笑った。
「一人は気楽だし、バイトで自活する今の生活は楽しいよ。弥子ちゃんもネウロも親切にしてくれているし」
ようやくお兄ちゃんの表情が僅かに緩んだ。
「まあ、いいならいいんだ。俺には君のバイトについてとやかく言う権利はないしね」
立ち上がり、尻ポケットをまさぐる。
「けど、あんま危ないことには首突っ込むなよ」
財布を取り出すと、その中からカードを取り出しわたしに差し出した。