コイン

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 十数分後。コンビニへ確認しに行った警察が戻ってきた。


「例の時間、延々と立ち読みしてる男がいまして。どうも……彼とみて間違いなさそうです」
「なっ、何だと〜……」


 悔しそうに筒井刑事が声を漏らす。堀口明が眉を吊り上げた。


「ほぅら」


 壁に寄りかかって笑みを作ってはいるものの、あまり上手く笑えていない気がする。いつわたしにばらされるかと思うと、落ち着いていられないのだろう。


「だから言ったじゃないですか。大体、そんなうさん臭い連中の証言、警察は鵜呑みにするんですか?」
「誰がうさん……臭いなぁ……」


 ほっかむりを泥棒風に被った弥子ちゃんの語尾が自信なさげに小さくなる。


「……確かに…、すまん。あらぬ疑いをかけちまったな」


 筒井刑事が小さく頭を下げる。その顔には悔しくてたまらない、と大きく書いてある。その悔しさの矛先はもちろん、


「てめーら……」


 わたし達へと向かう。


「来いオラ! とんだデマ流しやがって!!」
「いや、違ッ、確かに彼……」


 弥子ちゃんが必死に弁解しようとするが、彼は聞く耳を持たない。


「おい、そのクソ探偵の住所聞いとけ! 場合によっちゃ、おまえらが容疑者だ! 偽証罪も覚悟しとけ!!」


 鼻息荒く車に乗り込むと、筒井刑事は乱暴にドアを閉めた。そのまま迷惑防止条例で訴えられそうなエンジン音を轟かせながらどこかへと去っていった。


「あー行っちゃった。きっと今から始末書書くんだろうな。可哀相に」


 などと呟くわたしへチラチラ視線を送る堀口明。警察へ言わなかったことに戸惑いを覚えているらしい。口を開いては閉じ、を繰り返した後、ようやく「……つけてたのは、あんた達だな」と呟いた。


「弥子ちゃんが声を出しちゃったんだけどね」
「じゃあ何で、あんたは俺のことをXと」
「思わなかったかって?」


 そんなの、理由なんてない。何となくだ。けれど、何か彼を動揺させるようなことを言いたくなった。わたしはちょっと考え、「明さん、」と口を開いた。


「わたし、Xに会ったことあるんだ」


 一瞬、信じられない、と言わんばかりに目が見開かれる。


「それって、」
「十年前の、わたしの誕生日に。わたしのお母さんが、彼に殺されてさ」


 熱を帯びた彼の声を、冷たい声でぴしゃりと遮る。


「以来、わたしの人生はめちゃめちゃだよ。あなたの尊敬してやまない怪盗Xのせいでね。きっと、わたし以外にもそんな人はたくさんいる」
「恨んでいるのかい?」


 ふと、知らない人間の声がした。わたしと堀口明は振り返り、そこに彼の祖母の姿を認める。優しさや哀れみをおおっぴらに向けられるのが苦手なわたしは、哀れむような彼女の表情に苛々してしまう。首を突っ込んでくるなとさえ思った。けれどそれを押し隠し、わたしはまさか、と笑ってみせる。


「Xのことが怖くてそれどころじゃありませんよ。だからわたしは代わりに恨むんです――他の殺人犯達を」


 話しすぎた。少し反省する。だがまぁいい、どうせこの事件が終わったら二度と会わない。老婆だって先が短い。偽名も使った。わたし自身には何の影響もない。


「ユウさーん! 先生がお呼びですよー?」
「今行くー」


 遠くでネウロの声がする。わたしはにっこり二人に笑いかけると、彼らの方へと走り出した。
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