コイン
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数分後。駆けつけた警察によって、ネウロの言う血の種類が明らかになった。
「どうやら全部動物の血のようです。そこに溜まった死骸の断片にも人間のものは見当たりません」
そうか。てっきり人間のものかと思っていた。わたしは肩をなでおろす。人間でないなら、きっとこの箱にXは関与していない。Xは人間を狙う。動物は狙わない。大方、Xに憧れた人間による、遊び的犯行だろう。
――「取り敢えず、警察に……」
――「待ってよ。もしかしたら、単なるサプライズかもしれないよ。ほら、もうすぐユウの誕生日じゃん!」
――「……」
――「そのうちひょっこり帰ってくるかもしんないし。もうちょっとだけ……3日。3日だけ待ってみよう。な?」
――「……うん」
「ははぁん……ってことはやっぱ、最近ここらで攫われているペット達の末路ってわけか」
筒井、とかいう刑事の声で我に返り、ぼうっとしていたことを反省する。これ以上動揺を見せたら、弥子ちゃん達に怪しまれる。過去を突き回されるのも、余計な同情を寄せられるのもご免だ。これ以上何も思い出さないように、わたしは箱を離れてネウロの傍へ移動した。
「だが、こいつは驚いた。粉々にした死骸を、ガラスの箱に詰める手口。この手口はまさしく奴の――Xの仕業じゃねーか」
「……あっ」
弥子ちゃんもやっと気付いたみたいだ。その場を重い、シリアスな空気が支配して――
「――ほほぅ。誰です、そのXとは?」
ネウロがあっけなくぶち壊した。
「なんだてめーらは」
ぎょろりと、筒井刑事がわたし達を睨んだ。彼の部下が「はぁ、」とあやふやながらも説明を加えた。
「第一発見者なんですが、なんでも探偵とかいってまして」
「はん、探偵だぁ? どこにそんなガキの探偵……んー?」
言いかけてわたし達をもう一度真面目に眺めなおした。
「おまえら最近どっかで見たな。確かテレビで……」
「ご存じでしょう? 売りだし中の名探偵、桂木弥子先生です!!」
ネウロがはきはきと返事をする。部下が思い出したようにあぁっ、と声を上げた。
「あのアヤ・エイジア事件の!」
ネウロが弥子ちゃんの首をつかみ、満面の笑顔でぐるんぐるんと振り回す。好青年は一般的に、人の頭を振り回したりしないものだと、後でネウロに教えてあげよう。
「ホラ、先生の頭が回転を始めました。あなた方は知ってる限りの情報を先生に話せばいい。……そうすれば、すぐに先生が事件を解決に導きます!」
「……ネウロ、胡散臭い」
わたしは呟かずにはいられない。
「どこがですか、ユウさん?」
「悪徳商法みたいだよ」
「僕は真実を言ったまでです。先生のお力はユウさん、あなた自身もよくご存じでしょう?」
――悪徳とは失礼な。貴様は我が輩を誰だと思っているのだ? 魔界の謎を食いつくした男だぞ。
ネウロの心の声が聞こえてきた気がして、思わずクスリと笑ってしまった。その瞬間。ネウロの目元がほんの少し――ほんの少しだけ優しく笑った気がした。わたしははっとした。
「はんッ。バカバカしい!!」
筒井刑事が苛立たしげに吐き捨てる。
「大体おまえら、何でこんなところにいた? こんな廃ビルに用はねーはずだろぉが!」
「は、はぁ」
クラクラする頭を押さえ、弥子ちゃんが話し出す。
「実は、依頼を受けて、ある人を尾行してたんです。そしたらここに入って……私が声を上げたんで逃げちゃったんだけど、」
「何ィ?!」
筒井刑事が大袈裟な声を上げる。
「そしたらそいつが、この現場の犯人って事じゃねーか!!」
興奮して赤くなった顔を弥子ちゃんに近づける。
「そっ、そいつの住所はわかるのか!?」
「は、はい……」
「おし、何人か俺と来い!!」
威勢よく声を張り上げたその時、わたしはあっと声を上げた。
「あ、チャック開いてる」
「ウホォッ!!」
筒井刑事が足の付け根に手をやりぎゅっと縮こまった。わたしは面白いやら、何だか申し訳ないことをしたやら、複雑な気持ちになったものの、筒井刑事のことは好きになれなかったので、大声で笑ってやることにした。睨まれた。睨み返した。目を逸らされた。
「勝ったな」とネウロが満足そうに呟いた。どうやら、彼に反感を持っていたのはわたしだけではなかったらしい。