コイン

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「それ、どういうこと?」
「ん、まあ、知り合いがこの学校の先生だったし」
「コネかよ」


 叶絵ちゃんが呟く。わたしは「いや、賄賂」と訂正した。そしたら、「もっとダメじゃん!」と弥子ちゃんからツッコミが飛んできた。


「でも成績はいいよね、ユウ」
「勉強はちゃんとしてるからね。それで許してちょ」


 そう言って、わたしは叶絵ちゃんに笑いかけた。元来真面目な彼女は最初は複雑そうな顔をしていたものの、最後にはまあいっか、と肩をすくめ表情を和らげ――


「わ、ちょっとユウ、虫!」


 すぐにその顔を引きつらせた。


「なんかデカキモイ虫がいるッ!!!?」
「嫌ね、こんなところに。わたし、虫嫌い」


 眉を潜めれば、叶絵ちゃんが「全っ然嫌そうに見えないんだけど!」と叫んだ。


「見えなくても嫌だよ。即刻燃やして捨てたくなる」
「ユウ、その思考危ないよ」


 弥子ちゃんは苦笑いを浮かべると、フォークをくわえたまま虫を鷲掴みにし、窓からぽいっと投げ捨てた。


 ――素手で。


 叶絵ちゃんが信じられない、という目で弥子ちゃんを見ている。そんな彼女に視線に気付くことなく、弥子ちゃんは窓の外をうっとりした目で見つめ、「あの子茹でたらさ、プリッとして美味しいと思う?」なんて呟いている。


「いやあああッ! かゆくなること言わないでぇっ!」
「叶絵ちゃん、うるさい」
「あ、すいません……じゃなくて! ちょっとは心配してよ! 見て、ジンマシン!」
「あ、見せないで。こっちまでかゆくなるから」
「冷たいこと言うな! こうなったらあんたも道連れよ!!」


 叶絵ちゃんが目の前に自分の腕を突きつけてきて、わたしはうげえっと目を逸らした。そんなわたしたちを見て、弥子ちゃんは不思議そうに「なんで?」と首を捻っている。


「なんかそのピラフのエビみたいじゃん。むいたら身もたっぷり入ってそうだし」


 笑顔で叶絵ちゃんの食べているエビピラフを指差す。顔が更に青くなった。


「うっ……もうエビピラフ食べれない……」
「じゃあ私が食べるよ」
「すごいね弥子ちゃん。その神経の図太さには尊敬するよ」


 わたしが皮肉を言うと、弥子ちゃんはむくれ、叶絵ちゃんが残したエビピラフのエビを頬張った。そしてすぐに幸せそうな表情を浮かべる。


「うん、でもなんていうかさぁ、弥子。あんた、ユウの言うとおり、本当に怖いもの知らずっていうか……」


 言葉を選びながらしゃべるカナちゃん。


「結構、神経図太いよね。パッと見そうは見えないけど」
「そうかな?」
「うん。最近特にそう思うよ」
「探偵さんになって色々あったからね。弥子ちゃんの神経の図太さに、更に磨きがかかったのかも」
「言っとくけどユウ、あんたは更にその上を行くからね」
「え」


 わたしはショックを受けたような表情を浮かべてみせた。


「まさか弥子ちゃんみたいな化け物と一緒にされる日が来るなんて……」


 弥子ちゃんはわたしの言葉に反応せず、ぼーっとエビピラフを見つめていた。大方、探偵事務所に入ってからのことを振り返っているのだろう。わたしもアヤ・エイジアの事件から入ったから、あまり細かいことは知らないけれど、お父さんを殺されたり、早乙女金融の場所を奪う際に人身売買されかかったり、あの魔人ネウロにSMまがいのことをされたり、とにかく相当な経験を積んできたらしい。


 あのネウロに出会ったから、弥子ちゃんは変わった。


 なら、わたしもネウロに出会ったことで、何か変われるかもしれない。


 ただ億劫に過ごしていただけの、退屈な日常を。いつまで経っても昔のことにうじうじ悩んでいる、つまらないわたしを。

 to be continued.


(20110827)
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