コイン

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「おお」


 魔人が無邪気な笑みを見せる。


「懐かしいな。そういえば魔界とはこんな感じだった」
「はあ……」


 違法な金融業者から奪った場所だ。元々おどろおどろしい部分はあったが、さすがにここまでではなかった。煙草臭いソファに目玉をいくつも生やした化け物が噛み付く。くすんだ床にじゃがいもに足が4本生えたような魔物が液体を吐き散らす。釘の刺さったスライムが咆哮して傷のある壁に反響する。


「まあ、ストーリー性はなくても面白いゲームってあるよね」
「魔界ではむしろストーリー性は重視されていなかったぞ。ただひたすら相手を殺戮するゲームの方がむしろ流行った」
「ああ、格ゲーですね分かります」
「あの時流行った格ゲーは、ゲームオーバーになったらゲーム機がプレイヤーを食い殺してしまうというものだった」
「物騒だね」
「それからしばらく魔界は平和だったな」
「結果オーライだね」
「化け物ぉーー!!」


 ネウロとわたしのゲーム談義は、弥子ちゃんの悲鳴によって中断された。


「ム、なんだヤコ、遅いぞ」
「遅刻はだめだよ。ということで、弥子ちゃんからお給料全額差し引いとくね」
「全額? っていうか私お給料もらってないし! っていうか遅いとかじゃなくて!」


 入り口から一歩も動かず叫ぶ。どうやら弥子ちゃんは怖くて動けないらしい。


「何か事務所がえらい景色になってるけど!!」
「あぁ、魔界から持ってきたゲーム機だ」


 肩が強張っている彼女とは反対にネウロはリラックスして答える。


「ゲーム好きのユウに見せたくてな。せっかく楽しくゲーム談義をしていたというのに……」
「あ……何か邪魔してすいません」


 っていうか、呼び出したのあんたでしょ。そう言う弥子ちゃんを無視してネウロが続ける。


「まぁそう怖がるな。害はない。ただの立体映像だからな」
「え、私立体映像に頭噛み付かれてんだけど……」
「あぁ、なんだ、それ弥子ちゃんの頭に噛み付いてた魔界生物だったのか。新手のファッションかと思ったよ」
「動いてるのに?!」


 シューシューと弥子ちゃんの頭の上の生き物が息を漏らす。彼女はは顔をしかめ、「ちなみにこれはどんなジャンルのゲームなの?」と聞いた。


「ふむ……地上にはないジャンルだが、たとえて言えば恋愛シミュレーションのようなものだ」
「誰にどうコクったわけ?!」
「あ、分かった。そいつ、きっと弥子ちゃんにコクってるんだよ。乱れた呼吸は愛の印って言うし」
「うん……それなら愛情よりむしろ恐怖を感じるのは何でだろう……」


 ちっとも嬉しくなさそうな表情で、弥子ちゃんが頭の上に目をやる。


「ゲームとはいえ映し出される映像を見ているとな、魔界の住人の元気な姿を見られて和むのだ」
「いや……あんたの仲間、どんどん肉片になってるよ?」
「弥子ちゃんうまいこと言うね。きっとそういうところに惚れたんだよ」
「あ、そういえば頭の締め付けがどんどんきつくなっていっているような……でも……ふーん」


 弥子ちゃんがニヤリと笑った。まるでネウロに普段の仕返しができると言わんばかりに。


「ネウロでも生まれ故郷を懐かしがったりするんだぁ。ホームシクにかかっちゃって……帰りたいんじゃないの?」
「ホームシック?何故だ?」


 ネウロがゲーム機のスイッチを片手で切りながら聞き返す。


「前にも言ったろう。魔界の“謎”は食い尽くしたのだ。帰る価値など一片たりともないではないか」
「……はいはい、そりゃーそうですよね」


 諦めたように言う弥子ちゃんの頭を魔界生物ががりがりと噛む。


「あんたが食料の宝庫の地上を離れてくれるわけがないよね……」
「そう」


 って何でコイツも離れてくれないの? スイッチ切ったじゃん! などと騒いでいる弥子ちゃんを無視してネウロが続ける。


「我が輩がどこの生まれであるかなど、食糧がどこにあるかに比べれば、何の価値もない情報だ」
「あ……出る、出る。消化液が出る。あと三秒で骨をも溶かす消化液でる……」


 弥子ちゃんの頭の上の魔界生物の鼻からどろりと液体が出てくる。


「出……あッくそ」


 ふっと消える。


「……クッ、しまった」


 ネウロが顔をしかめスイッチを放り投げた。


「スイッチを切るのが早すぎたか」
「最近の私……とりわけ綱渡りが激しくなっている気がする……」
「でも、それが気持ちいいんでしょ?」
「なわけあるか!!」


 でも、確かにそうだ。ネウロは自分の種族や出身など気にもとめない。むしろ自らの正体を“食欲”と豪語するくらいだ。まっすぐ己の欲求だけを突き通し、決してぶれることがない。羨ましい、と思う。回りのしがらみなど一切気にせず、ただひとつのものに夢中になれたら……と。


「で、どうしたヤコ。何か我が輩に言いたいことがあったのか?」
「うぅん、いいのもう。それより、はい」


 手紙が来てるよと何枚のか封筒をネウロに手渡す。


「どーせ“謎”のない依頼ばっかだろうけど」


 弥子ちゃんの言葉に魔人はだろうなと返事をし、残念そうに溜め息をついた。


【……いろはケーブルテレビの独占生放送。今日は東京都東西京市役所からの中継です】


 聞きなじみのある地名を耳が拾い、何となしに視線をテレビに向ける。


【庁舎の玄関前にて歓声して“平和の壁”の除幕式が行われる所です】
「あ、これうちのすぐ近所じゃん」


 手紙をポイポイ捨てているネウロの隣で弥子ちゃんもテレビに目を向ける。安っぽいブラウン管の向こう側では市役所と大勢の人間達、それから布で覆われた5メートル程の高さの横長な長方形が映し出されていた。


「市の子供達100人が描いた平和を願う寄せ書きが、石板となって芸術品として残されることになりました!」
「下手な新人歌手のデビューよりどうでもいいわ。どーせ皆平和のことなんてこれっぽっちも考えてないだろうし」
「そんなこと言わないの」


 弥子ちゃんが苦笑いする。


「一応子供達は真剣なんだし」
【ママァー。へいわって何ー?】
【やかましいっ!黙ってへいわへいわ書いとけや!!お受験の面接でプラスの材料になるのよ!!】


 慌てたようにテレビの画像が親子からスタッフへと転換される。弥子ちゃんが引きつった笑いを浮かべた。
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