コイン
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「やっぱ初詣混んでるなー……」
わたし達が向かったのは都内有数の巨大な神社。だからなのか、元旦だからか人でごった返していて、歩くのも一苦労だった。最初から二人で来てよかった、と一人安堵する。現場で待ち合わせしても、まず出会えない。でももしかしたら、そんな人ごみだからこそ、待ち合わせしていない人と出会う事ができる、と言えるのかもしれない。
「ねぇ、あれ石垣さんじゃん?」
「気のせいだろ」
「いやでもあの何も考えてなさそうな、平和ボケを絵にしたような間抜け面は見間違えるのが難しいと思うんだけど」
「あいつは平和ボケしてるんじゃない、元々役立たずなんだ」
「あ、そっかー」
「センパーイ! ユウちゃん!」
自分の名前が呼ばれたからか、何となくこちらを見た石垣さんがわたし達の姿を確認したのか、ぱぁっと顔を明るくさせる。面倒くさい奴を出会ってしまった自分の不運を呪いながらわたしは溜め息をついた。
「明けましておめでとうございます!」
「お前新年早々元気だな。まぁとりあえず、明けましておめでとう」
「おはようございます、石垣さん。明けましておめでとうございます」
「ちょっと待っててくださいね……よいしょっと……失礼……あ、すすす、すいません!」
人ごみを掻き分け掻き分け、たどり着いた石垣さんの額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
「やっと追いついたー。掻き分けても掻き分けても二人に追いつけないんですもん! 本当、すごい人だかりですねぇ!」
あはは、と無邪気に笑うこの人は知らない。わたし達がこの人の前進に合わせてそれとなく後退していたことを。
「仲いいッスねー。新年早々デートですかー?もう、羨ましいなぁー」
「おい、」
お兄ちゃんが小声でたしなめる。
「そういうことをこういう人ごみの中で言うな。誤解されるだろう」
誤解、か。
「大体、俺とユウはそんな関係じゃないって、何度言ったら分かるんだ」
「何度言っても分からないのが石垣クオリティ」
「あぁ、なるほど」
「納得しないで下さいよ、センパイ! 大体センパイは心配性すぎるんですよ。今時年の差カップルなんて珍しくもないのに、未だに世間の目なんか気にしちゃって」
笹塚さんがはあと溜め息をつく。
「……お前の言ってた通りだ、ユウ。こいつにゃ、何度言っても理解できねーだろうな」
「人はそれを馬鹿と呼ぶ」
「馬、馬鹿ぁ!?」
「いいですか、石垣さん」
わたしは石垣さんをまっすぐ見つめた。
「お兄ちゃんとわたしはカップルじゃないんです。もっとピュアピュアした関係なんです。まぁ、少なくともお兄ちゃんは」
お兄ちゃんの優しさに甘んじているわたしはともかく、お兄ちゃんは純粋な気持ちでわたしの面倒を見てくれている。まさに無償の愛を絵に書いたような存在だ。
――「あいつは、俺達と同じ種類の人間だ。あんたのことを騙してるって可能性もないわけじゃない」
――「貴様が同居している男は、もしかしたら貴様が思っているようなまともな男ではないかもしれない、ということだ」
不意に脳裏を過ぎった記憶に、わたしは眉をしかめた。連続で違う人たちからそんなこと言われて気にならないほど、わたしも図太い性格ではない。彼らが示したのは、ある一つの可能性。それは、お兄ちゃんが良くない人間だという可能性。そして、わたしを何かに利用する為に優しく振舞っているという可能性。馬鹿馬鹿しい。そうは思うものの、彼らの言葉を一蹴できない自分が、心の底からお兄ちゃんを信頼できない自分が嫌で嫌でしょうがない。
「うーん……よくわかんないッスけど、青春ってこと?」
「お前30過ぎの現場刑事によくそんなこと言えるな」
「違うんスか?じゃあ……センパイがユウちゃんにとっての王子様、とかそっち系?」
「石垣さんがとりあえずオタク系の電波男ってことは分かりました」
わたしはそれらの気持ち全部を振り払い、皮肉に笑ってみせた。
「ねぇねぇそれって褒め言葉?」
「ユウ、人はこれを相手にする価値もない馬鹿と言う」
「もしかしてこれっていうのは俺のことッスか?」
「馬鹿は放っとこう」
「同意」
「え、ちょ、センパイ? ユウちゃん?」
新年を迎えるときくらい、明るい気持ちでいよう。わたしはぎゅっと、迷子阻止のために繋がれた手をぎゅっと握り返した。