コイン

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「はぁ……」


 結局夜通し起きていたわたしは、疲れきって学校で勉強する気にもなれず、学校の近くのファミレスで遅すぎる朝食であるホットケーキを口にしていた。でも、ちっとも美味しくない。分かっている。今のわたしの体が求めているのは栄養ではなく、休養だってことくらい。でもきっと、それ以上に必要なのは、気晴らしだ。


「何か大爆笑できるようなことが起こればいいんだけどなあ……」


 この場が公共の場所だってことすら忘れられるくらい、強烈な何かが――


「――あれ、ユウじゃん」


 不意に聞き慣れた声がして、わたしはホットケーキの皿から顔を上げた。


「久しぶりだな、お嬢さん」
「元気にしてた?」


 ――見つけた。大爆笑できるような何か。


「ぷっ……」
「え?」
「あっははははは!」


 急に爆笑し始めたわたしを、早坂兄弟は唖然とした表情で見つめる。


「ユウ……? どうしちまったんだよ?」
「い、いや……きゃはは! ないわー、いやまじないわー!」
「お嬢さん、どうしてしまったんだ?」
「いやいやいや、早坂さんこそどうしちゃったんですかー?」
「……は?」
「そのサングラス! 真っ黒な!」
「あぁ……似合うだろう?」


 口の端だけ吊り上げてにやりと笑う。というよりは、その黒いサングラスのせいで、口元以外の変化が見えない、といった方が正しいのか。


「似合いますよ、すっごく似合ってます。もうモロ麻薬売ってますっていう感じ。あるいはギター持ってマイクの前で蕾歌ってますって感じ」
「その2つのイメージ全っ然違うけど」
「いやぁ、見直しました、早坂さん。あなたにそのようなギャグセンスがあったとは。しかも飛び切りハイレベルな」
「私は君にありがとう、と言えばいいのか? それとも真剣にやったことをギャグとしてしか受け取ってもらえない事を嘆けばいいのか?」
「感謝し褒め称えて敬ってください」
「そうか。ありがとう」


 笑いまじりのわたしに早坂さんは溜め息をつく。


「まったく……黒いサングラスをかければいいと言ったのは君だぞ?」
「黒いサングラスかけたら、皆が皆絵に描いたような悪役になるわけではありません。あるいは実力派ユニットの片割れになるわけでもありません」
「要するに、それだけアニキがすげーってことを言いたいのか?」
「ちょっと違う」
「……ふぅー」


 早坂さんが長く息を吐く。


「何と言われようと構わないさ。大事なのは大金を稼ぐこと。そして生き抜くことだ」


 ……前言撤回。ただの実力派ユニットの片割れなら、ここまでかっこよくなれない。


「最も、君にとってはそうじゃないみたいだがね」


そう言うと、早坂さんはようやく向かい側の席に座った。それに続いて、ユキがわたしの隣に腰掛ける。


「なにせ、殺人犯と知っていながら、噛み切り美容師とやらの元へ向かうくらいだ。君にとっては命なんか惜しくはないのだろう?」
「……知ってたんですか」


 こちらの周辺のことを言い当ててみせる早坂さんに、驚きの感情など抱かなかった。実質的に会社を動かしていたのは彼だ。その頃の伝手が今も健在だったとしても、そしてその伝手を活用していたとしても、不思議じゃない。


「あぁ、知っているよ。その後、君のナイトの笹塚衛士が助けに来たことも、君がそのナイトの捜査を助ける為にあんな茶番を仕組んだ事もね」
「知りすぎですよ」
「君の熱心な信者が私の近くにいるものだからね」


 早坂さんが含んだ表現をする。ユキが居心地悪そうに身をよじった。


「全てを知った上で一つ質問があるのだがね」


 まさか、その質問をする為だけに、ここに来たわけじゃないよね。わたしは眉を潜めて彼の言葉を待った。


「笹塚衛士が君を助けに来た後に、君は彼を殺人現場に連れて行き、アリバイトリックの存在を示唆したことから、ある事実が推理できる。すなわち、君は助けに来てくれた代償、あるいはお礼として、アリバイトリックの存在を示唆するつもりだった、という事実がね」


 ここで早坂さんが、わたしの反応を伺うように、口を閉ざした。わたしは肯定も否定もせず、続けてくださいと言った。彼はそのようにした。


「もし、笹塚が助けに来なかったら、君はどうするつもりだった?」
「……それでもわたしは公園に行って、同じようにしたと思います』


 もし、お兄ちゃんにとって、わたしの存在が仕事以下でも、わたしはこの公園に来ていただろう。そして、アリバイトリックを解いて、そのカラクリをそれとなくお兄ちゃんに示唆していただろう。
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