コイン
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「さっさと選べ、蛆虫」
「早く選んでよ、蛆虫」
「そんなこと言ったって……」
弥子ちゃんは今にも泣き出しそうだ。その右手はわたしが持つ2枚のカードの前で立ち往生している。もし弥子ちゃんがジョーカーを引けば、わたしは次のターンで確実にあがれる。でも、弥子ちゃんがジョーカーじゃない方を引けば、ネウロはわたしより早くにあがってしまう。――こいつには負けたくない。その思いはネウロも同じだろう。だから、こうやって弥子ちゃんに二人で弥子ちゃんを煽っているのだ。
「おい蛆虫、ジョーカー引かなければ我が輩が貴様の口から内臓引きだしてやる」
「そんなことしたら私死んじゃうじゃん!」
「でもさ蛆虫、このババ抜きに負けたら結局勝者の言うことなんでも聞かなきゃならないんだよ。そこのドS魔人が勝ったら蛆虫を好きなだけ虐待しちゃうよ。いいの、それで? 弥子ちゃんのプライドは傷つかないの?」
「蛆虫連呼してる時点で私のプライドはズタズタだよ」
「わたしはヤコちゃんの人権を認めてないだけ。プライドは尊重するよ」
「嬉しくないし!」
そんなぁ。どっちも無視するネウロよりはマシなはずなのに。気難しいなぁ、弥子ちゃんは。
「それにどっちがジョーカーか分かんないんだから、選びようがないでしょ?」
「右のカードがジョーカーだよ」
「右ね…って、えぇぇえええ!? 種明かししちゃった!」
「叫んでないでさっさと左を取れ、蛆虫」
「右にしちゃいなよ、蛆虫」
「蛆虫、」
ネウロがカードを持っていない方の手袋の先をちょっと噛み、顔をのけぞる。人間のとは違う、棘だらけの手が現れたのを見て、弥子ちゃんがぎょっと息を呑んだ。
「今すぐこの手を突っ込まれるか、左を引くか、選べ」
「……うん……左…引きます」
緊張で汗の滲んだ手が手札に近づく。カードをそっと引き、自分の手札に加え、裏返し――
「――そんなぁ!?」
――叫んだ。
「私、ちゃんと左引いたのに……」
ネウロが弥子ちゃんの手札を覗き込み、表情を険しくさせる。そしてカード――ジョーカーを奪い取ると、テーブルにたたきつけた。
「騙したのか、ユウ」
「騙してなんかないよ。わたしはちゃんと右側にジョーカーを置いたよ。わたしから見て、だけどね」
付け加えた言葉に、弥子ちゃんが大声で「あぁぁああ、騙された!」と叫んだ。
「この役に立たん蛆虫め……」
「え、ちょ、ネウ……いっだぁぁぁぁ!!」
「弥子ちゃんうるさい」
「あ、すいません……って助けてよ!」
あり得ない方向へ腕をねじられ助けを求める弥子ちゃんから目をそらすように、わたしはテレビへと視線をやった。
【ただいま入りましたニュースです…】
テレビの中ではアナウンサーが深刻そうな顔を作って見せている。
【都内の公園のトイレから女性の変死体が発見されました】
その言葉で弥子ちゃんがはっとしたように顔をあげた。
【警察の調べによりますと、遺体の損傷度合と死後手が加えられた頭部の特徴は、最近起きた2つの事件に非常によく似ているとのことで、警察は同一犯との見方を強め、捜査を…――】
「“噛み切り美容師”……これで三件目だ」
弥子ちゃんは眉をしかめ、悲しそうに溜息をついた。
――噛み切り美容師。都心の若者が集まる街に出没し、髪の綺麗な女性だけを狙う連続殺人者。切り離された女性の頭部に、明らかに死後にセットされたであろう血塗れの髪。その猟奇的な犯行が巷にて恐怖を呼んでいる。ちなみに、わたしはちっとも噛み切り美容師に恐怖なんか感じていない。 噛み切り美容師は綺麗な髪の持ち主しか狙わないのだから、平均並みの髪しか持っていないわたしがターゲットになることなんかない。この一連の事件は、わたしにとっては地球の反対側で洪水が起きた、というようなものだ。最低だし、こんなこと思っちゃいけないのだろうけど、“実感が涌かない“し、わたしには“関係ない”ことだ。ただのイカれた髪フェチなんかには、興味すら沸かない。
ただ――
「うわ!」
使わないカードを纏めていてくれたはずのあかねちゃんが、カードを握り潰してしまっているのを見て、弥子ちゃんがぎょっとしたように声をあげた。
「あかねちゃんが怒り狂ってる!」
あかねちゃんはこの事務所に埋まっていた死体だ。ネウロの発する魔界の瘴気の影響を受けて、髪の毛だけが生き返った。色々謎なところはあるものの、頭もよく気配りができるため、ネウロに秘書として雇われている。性格は優しくてキュート。筆談でもいいからコミュニケーションを取ろうとするその一生懸命な姿勢は好感が持てる。そんな彼女が狂ったように髪の毛をバタつかせ、怒りを表現する原因は…――
[髪だって生きてる]
――あぁ、やっぱり。噛み切り美容師だ。