コイン

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「はぁー疲れたー」


 帰宅するやいなや、リクトは手も洗わずにベッドにダイブした。わたしと手を繋いだまま。


「やっぱ家が一番落ち着くよ。ね、ユウ?」
「そうかな」


 愛着どころか懐かしさすら感じない。それに、彼はそもそもそんなに家へ寄っていたわけではないから、わたしの部屋へ来て落ち着くというのはおかしな話だ。わたしは首を傾げた。


「わたしには、むしろ、よそよそしいくらいかも」
「だよね。何ていうか、あんまりしっくり来ないよねぇ」
「矛盾してるよ」
「あは。最初に言ったのは、ただちょっと言ってみたかっただけだから、あんま気にしないで」


 彼が笑った。


「ただ、家族らしいこと言ってみたかっただけなんだ。そして、家族みたいな時間を過ごしたかった。ただ、それだけなんだ。他の誰でもない、あんたとね」


 そう言って、彼はわたしの腰にぎゅうっと抱きついた。わたしはそう、と相槌を打った。


「ならいいんだけど。ところでさ、ちょっと不思議に思ったんだけど」
「ん?」
「わたしが家に帰らなかった理由が、どうして鍵を無くしたからって知ってるの?」


 わたしは彼の前では一言も鍵を無くしたと言わなかった。確か、話題がその前に摩り替わったはずだ。


「お兄ちゃんがそう言ったの?」
「あ、うん、そうそう」
「じゃあ鍵はどうしたの? 何であんたが持ってるの?」
「それはほら、大家さんに」
「ああ、なるほどね。じゃあ最後の質問」


 わたしは隣に寝そべる彼に、緩く微笑んだ。


「いつから全身の細胞を変異できるようになったの?」


 言われて彼がぽかんとした表情を浮かべた。それから、自分の髪の毛を一房掴み視界へ入れた。そして、髪色が水色に変化していることに気付き、あっちゃーと溜め息をついた。開き直ったのか、顔を別の少年のものへと変異させていった。


「リラックスしすぎちゃったのかな。よくあるんだよね、こういうの。気を抜きすぎちゃうと、細胞の動きがコントロール出来なくなっちゃうんだ。それにしてもよく分かったね」
「X……」


 出来上がった彼の顔を見て、わたしは一瞬目眩を感じた。


「こんばんは、ユウ」


 怪物強盗なんて物騒な通り名とはミスマッチな無邪気な笑顔を浮かべ、Xは笑った。


「約束通り、迎えに来たよ」
「約束なんて、」


 腕を腰から振りほどき、彼から距離をとる。


「した覚えなんかないけど」
「物覚えが悪い子だなぁ、ユウは」


 Xはなぜか嬉しそうに笑った。


「さすが俺の家族。すぐ、何かを忘れちゃうところなんかも、俺にそっくりだ。でも、そうだなぁ……どうでもいいことは忘れちゃってもいいけど、自分の家族くらいは覚えとかなきゃ駄目だよ」
「似てなんか――」


 言いかけてわたしは口を噤む。――すぐ、何かを忘れちゃうところなんか、も。その言葉が引っかかる。


「わたしが、他にもXに似ているところがあるって言うの?」
「そうだよ。だって、家族だもん」


 Xがうっとりと溜め息をつく。


「俺とあんたは、似ている。なぜなら、俺とあんたは家族だからだ。そして、似ているからこそ、俺はあんたの傍にいると、安心するんだ。あぁ、俺はひとりじゃない…ってね」


 納得しきれず、勢いよく溜め息をついてみせた。そんなわたしを見てXがやれやれ、頭が悪いんだから、と嘆いてみせる。いやいや、どこが似ているかちゃんと説明できないあんたの頭が悪いんだってば、と言いたくなった。


「例えば、俺は自分の中身を知りたくて堪らない。自分の中身が分からないと、不安で不安でしょうがないんだ。だから俺は、他人を箱にする。ネウロを殺そうと執拗に追いかける。あんたを手に入れて共通点を見出そうとするんだ」


 ネウロを殺そうとしてたなんてことは初耳だったけれど、わたしは話の腰を折ろうとはしなかった。


「これらは本来、自分のルーツを探すための“手段”に過ぎない。でも俺は、ネウロを殺そうとあれこれ画策するのが楽しくて、あんたと家族らしいことをするのが楽しくて、中身がないことの不安を忘れちゃうくらい楽しくて……いつの間にか、ただの“手段”でしかなかったはずなのに、いつの間にかそれは、俺の中で“目的”となってしまってるんだ。だから俺は、多分――」


 ――永遠に、自分の中身を見つけることはできない。ぼそりっ、何かの弾みでこぼれてしまったような軽さで、Xは呟いた。その響きは、軽さとは裏腹に悲痛な響きを孕んでいて、わたしはほんの一瞬だけ、同情してしまいそうになった。
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