コイン

□24
1ページ/2ページ

 苛々と歩き回り溜め息をつく。その様子にたまりかねたのか、ネウロが読んでいた本から顔を上げた。


「何をイライラしている、ユウ。カルシウム不足なら、牛乳と青汁を飲んで日光浴してこい」
「今のわたしに必要なのは、強い刺激や快楽であって、カルシウムじゃない」


 体内にこもっている熱を吐き出す。全てのしがらみを忘れられるほどの強い刺激が、欲しい。


「ねぇ、何か楽しいことないの? 例えば殺人事件、宇宙人来日、はたまた天変地異」
「貴様にとって、殺人事件や宇宙人来日、はたまた天変地異は楽しいことなのか?」
「この苛立ちを忘れさせてくれるなら、何でも大歓迎だよ」
「そうか。では、賭けでもするか?」


 お得意の魔界道具なのか、妙な煙を立てているリボルバーをどこからか取り出す。


「そうだな…――このリボルバーに一発だけ弾を装填し、交互に撃つ。そして、どちらの番で弾が発射されるか、なんて賭けはどうだ?」
「却下」


 結果なんて、結局弾は発射されないに決まっている。そんな茶番劇に付き合うほど、今のわたしはには余裕なんかない。


「ム……なぜ、断る? 貴様、死ぬのは怖くないんじゃなかったのか?」






 ――「本当に死んじゃうかもしれないのに、なんでそんな危険な賭けが出来るの……?」






 弥子ちゃんのいつかの呟きを思い出し、わたしは苦笑した。


「そんなこと、いつ誰がどこで地球が何回回った頃言ったの?」
「小学生か、貴様は」


 確かに、今のは子どもっぽかったかもしれない。少しだけ反省する。


「でも、わたしは死ぬのが怖くないなんて、そんな勇ましいこと言った覚えは全くないよ」






 ――「んー……」
 ――「死んじゃうの…怖くないの?」






「死んじゃうのは嫌だ。怖い。だけど……死ぬかもしれないって恐怖よりはましだよ」


 いつか言わなかったっけ。現実味のない死より、現実味のある恐怖の方が嫌だ、とかなんとかさ。そう言うと、ネウロは器用にも片方の眉だけを吊り上げた。


「それは、死ぬかもしれない恐怖というのは――…Xに植えつけられたものか?」


 怪盗X。わたしを家族だと勘違いしてしまっている人間。そして、わたしのお母さんを殺した張本人。お母さんのことを思い出し、わたしはふっと笑った。優しくてあったかいひとだった。時には笑い、時には優しく諭してくれた。そんなお母さんを、誰もが愛した。もちろん、このわたしだって――






 ――「……本当に?」






 そんな誰かの囁き声が、どこからか聞こえてきた気がした。そして、一瞬、ほんの一瞬、勘違いかもしれないけど、胸の辺りが締め付けられるような痛みを感じた。


ネウロは一体、何をどこまで知っているんだろう。Xのことを、お母さんのことを、知っているのだろうか? 探るような視線を投げかけながら、わたしは呟く。


「そんなことよりネウロ、わたしと楽しいことをしよう」


 ネウロはじっとわたしを見つめる。その目が禍々しい光を放った。ネウロはぱたん、と本を閉じる。


「別に構わん」


 わたしの座っているソファへと歩き出し、目の前にそびえ立った。


「付き合ってやろう。貴様のその、ストレス解消に」


 ソファの背もたれに肘をかけ、わたしの顔に頭を寄せる。と、首筋に、容赦なく歯を立てた。わたしは息を呑んだ。


「……い…たいっ」


 更に深く傷をつけようとしているのか、位置を変えては更に力を込めて食らいつく。熱い。時々掠る、彼の舌が異様に熱い。以前、ネウロの涎が机を溶かしていたのを思い出す。酸性、なのだろうか。きっと、爛れてしまっているんだろう。さすが、魔人、なんて考える余裕なんかなく――


「痛い、よ、ネウロ……」


 わたしは感じるままに呻いていた。


「痛い?」


 ネウロの熱い吐息が爛れてしまったであろう首筋にかかる。身体に走った痺れが、なぜか一瞬甘く感じられ、そのことがわたしに逆に恐怖を与えた。


「……気持ちいい、の間違いだろう?」


 ネウロの声はとても愉しそうだ。きっと、わたしがよく浮かべる、残酷な笑みを浮かべているんだろう。ペロリッ。歯を立てた部分を舐め上げられる。瞬間、焼けるような熱さを感じ、わたしは反射的に仰け反った。その際、一瞬だけネウロと視線が交差する。案の定というか……彼の眼差しからは、愛情や優しさといった類のものは感じられなかった。


 お兄ちゃんとは全く違う……いや。それも違うな。お兄ちゃんだって、わたしに優しさも愛情も、抱いていなかった。そうでもなきゃあんな風に、わたしの悪ふざけに便乗して、耳をなめたり口説いたりなんて、出来ないはずだ。わたしの前であんな風に堂々と惚気たりなんか、出来ないはずだ。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ