コイン

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 何で微妙に緊張してるんだ、俺は。たかがユウと昼飯一緒に食おうってだけの話なのに。いつもよりぎこちない動きしか出来ない自分に腹が立つ。俺はグラスの中の水を一気に飲み干した。ほてった熱が少し冷めた気がした。


「何にしようかな」


 そんな俺をよそに、ユウはメニュー表を睨みながら延々と悩んでいた。


「食べたいもん全部頼めば?」
「その食べたいもんがないから迷ってるんだよ」
「ああ…なるほどね」


 ユウは散々悩んだ後、ブザーを押して「うーん、じゃあ……コーヒー下さい」と頼んだ。


「かしこまりました」
「じゃあ俺もコーヒーで」
「じゃあ俺はカフェオレで」
「……」


 俺とユウは顔を見合わせた。そして、いつの間にか当たり前のように俺達のテーブルに座り込んでいる青年に、同時に目をやった。


「何で?」
「だって俺、コーヒー飲めないんだもん。苦いじゃん」
「というより」


 俺は口を挟む。


「あんた、誰?」


 青年はにっこり笑った。


「あれ、忘れちゃったの、俺のこと」


 青年がユウを意味ありげに見る。彼女は肩をすくめた。


「まあ、あまり二人は接点なかったからね、覚えてなくても仕方ないっちゃ仕方ないんじゃないかな。ね、リクト」


 リクト? 俺の脳裏にとある少年の姿が蘇る。俺ははっとした。


「君……リクトなのか?」


「やっと思い出してくれたんだね! そうだよ、久し振り、お兄ちゃん」


 色素の薄い髪に、白い肌、あどけない笑み。昔の面影が残っている。確かにリクトだ。ユウの義弟で、純真で子どもらしい少年だった。しょっちゅう迷子になって、よく俺達を困らせた、あのリクトだ。今は確か……地方の学校で寮生活してて、たまにこっちへ帰ってくる程度、だっけ。


「地方の学校に行ってるんだっけ」
「そうそう。たまにこっちに顔を出す程度。ところでユウ」


 リクトが思い出したようにユウを見た。


「最近家へ帰っていないみたいだけど、何で?」


 家へ、帰っていない? 俺は信じられない、とユウを見た。彼女はやっべえとばかりに引きつった笑みを浮かべている。


「俺からも聞きたいな、ユウ」


 低い声を出しじろりと見た。


「家へ帰っていないって、どういうことだ? まさか、まだあの助手のところに寝泊りしているんじゃないだろうな」


 早朝の事務所からユウの声が聞こえてきた時は、柄にもなくかなり焦った。あんな色男と一つ屋根の下で夜を過ごすなんて、何かの間違いが起きても不思議じゃないとも思った。


 だが、実際危なかったのは、俺の方だった。


「助手のところ?」


 リクトが目を見開く。


「助手ってまさか、メールで言ってた、あのネウロとかいう兄ちゃんのこと?」
「お待たせしました」


 丁度その時ウェイトレスが飲み物を運んできたため、一瞬会話が途切れる。


「へぇ…」


 ごゆっくり、と頭を下げウェイトレスが去った後で、リクトがゆっくり呟いた。


「助手さんと一つ屋根の下で一夜を過ごしたってわけか。随分大胆だね。俺がいなくてやりたい放題か」


 リクトがそう言った途端ユウが噴き出し、「ご、ごめん、」と慌てて謝った。いやそこ笑うところじゃなかっただろ。俺は言いたくなるのを堪える。


「大体、お兄ちゃんもお兄ちゃんだ」


 笑いを必死で堪えるユウから視線を外すと、リクトは今度は俺に食ってかかってきた。


「年頃の女の子がそんな淫らな行為をするのを知ってて、何で止めないのさ?」
「……俺は、ユウの保護者じゃない」


 半ば自分に言い聞かせるように、呟いた。


「ユウが、何か危ないことや間違ったことをしようとしたら、止めはする。口うるさく忠告もする。でも、最終的にユウがどう行動するか決めるのは、ユウ自身だ。俺じゃない」
「責任逃れするつもり?」
「落ち着きなよ、リクト」


 ユウが面倒くさそうに溜め息を吐いた。


「わたしが何しようがお兄ちゃんには関係ない。まさに正論じゃない」


 関係ない――か。どこか寂しく思いながら、俺はコーヒーに口をつけた。あの日、ユウに入れて貰ったコーヒーは冷めていてとても飲めるものじゃなかった。ふと思い出し眉根を寄せた。


「そうだけど、さぁ……」


 ユウがジリジリと俺を睨み付ける。


「ねぇ、お兄ちゃん。あんた、ユウの身に何かあってもいいの? 心配じゃないわけ?」
「心配なわけないよ」


 ユウが俺ににやりと笑いかけた。その様子が、どこか伺うようなのは――俺の思い過ごしだろうか。


「お兄ちゃんには、わたしなんかよりも気になる子がいるんだから。ね?」
「……気になる子?」


 少し戸惑ったように、リクトが俺を見る。俺も戸惑い、二人を交互に見つめた。
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