子犬のワルツ

□22
1ページ/2ページ

「被害者の首は一刀両断。あなた方の誰もが、大ぶりの凶器を想像したはずです。それが犯人の狙いでした。凶器をかくす時間のない時間のない人は自然と犯人の線が薄くなる」

助手が社長席に座る女子高生の耳元で何かを囁くと、女子高生が手に持つ高級そうなメロンを両手で高く掲げた。

「先生の推理の結論から言うと、犯人は鍵のかかった部屋から入ったのではない。下の部屋からです」
「となると、下の空き部屋か?」
「いいえ。このようにしたのです」

助手が窓から伸びた黒いゴムの紐を引っ張る。天井に張り巡らされたゴムが大きくうねり風を切って、女子高生の頭上のメロンをすっぱりと跳ね飛ばした。
メロンの残骸はそのまま宙を飛び、窓に勢いよく叩きつけられた後、ぐちゃぐちゃの果肉をべったり窓に纏わせたまま床に落ちる。瞼の裏に焼きついた、社長の生首を思い出し、胃の内容物が逆流しそうになる。

「素晴らしい切れ味でしょう? 強力なゴムの間に細いワイヤーを張った、言うなればギロチンのパチンコです。これを犯人はあらかじめ天井の四隅に張っておいた。例のネジ穴に引っ掛けておいてね。ゴムもワイヤーも梁の色にあわせて黒にすれば、ほとんど目立たない」

助手が凶悪な笑みを浮かべる。

「後ろ側のゴムを下から強く引くと、ある角度でゴムがフックから外れ、被害者へ一直線です。これを、被害者が1人机に座った時を狙って発射する。人1人に致命傷を与えるには十分すぎる威力だと思いませんか?」

反論の余地のない推理に皆呆然と聞いている。

「さらに窓の外に続く筋状の血痕。これは犯人が下の部屋からワイヤーを回収した時についた跡です。細い紐状の凶器は切って巻いてポケットにしまえる。全ての工程に五分とかからないはずです」

窓の外に目をやる助手。そんなところ見ようとすら思わなかった。助手が鮮やかに証拠と推理を積み立てていき、助手密室トリックを崩していく。
嫌なことに気づき、背中に汗がじわりと滲んだ。
このトリック、事務所に入ってワイヤーを仕掛けるための下準備が必要だ。更に言うとこの方法なら5分でも犯行は十分とのこと。私たちのアリバイは全て崩れる。

そっと銃の安全装置を外す。

「以上のことを踏まえて先生が導き出した犯人は、」

助手の口がゆっくり動いた瞬間。
狭い事務所に銃声が鳴り響き、助手の頭が後ろに倒れた。

「もう十分だろう。これ以上おまえらの探偵ごっこに付き合ってやる暇はない。いい加減お引き取り願おうか。死体でな」

銃口から硝煙を立ちあがらせているのは、私じゃない。

「どういうつもりだ、鷲尾さん。なぜ今撃つ必要があったんだ?」

吾代さんの声は掠れている。

「どういうつもり? 最初からこのつもりさ。事件が解決しようがしまいがまとめて殺すつもりだったよ」
「そんなの話が違う」
「そうだ、俺もまだあいつらの推理を聞きたいんだぜ」

私は鷲尾さんを睨みつけ、吾代さんも素手で女子高生を庇うように銃口を手で覆った。

「おまえら、ほんとガキだな」

鷲尾さんが溜息をつく。

「あいつらはうちの秘密、殺人事件を知ってんだぜ。このまま帰して、警察にでも駆け込まれたらどうするつもりだ」
「違う、あなたは怖くなったのです」

不意に割り込む男の声。私はぎょっとして倒れた助手に目をやった。

「だから我々の口を封じようとした。なぜならこのまま推理を続ければ、鷲尾さん、あなたが犯人だとバレてしまうからだ」

片目を左手で覆い、よろよろと上半身を起こす。たしかに頭部で銃弾が炸裂したはずなのに。

「驚いたな、生きているのか。だが、俺が社長殺しの犯人? 死に損ないが何を根拠にそんなことを!」
「このトリックには利点がもう1つ。正面のビルの窓に反射して、下の階の空き部屋からこの階が、観察できるというものです」

仕掛けを発動させるタイミングは測れるし、被害者の死亡確認までできてしまう。あとはもうこの建物を出ていけば良いだけ。

「他の皆さんや外部犯なら下に降りるはず。しかし、階段には上へと続く足跡が。凶器に触れてしまったのか、うっすら血も付いています。その人間は降りられなかった。なぜなら上の階で皆の到着を待たなければならなかったから」

つまり犯人は、社長が出ないと嘘をつき、居酒屋を抜け出して被害者を殺した鷲尾さん、彼以外にはいない。

「マジであんたなのか……鷲尾さん!」

吾代さんが信じられない、と目を見開く。

「だとしたらなぜ、社長を殺った……?!」

私も考えが甘かった。状況的にも犯行は難しい上に、皆社長に拾われた恩のある身だから殺意は抱かないだろうと考えてしまった。引き金に指をかけいつでも殺せる準備をしておく。
そんな私をよそに、鷲尾さんは遊びすぎたか、なんて嘯いていた。

「探偵なんてすぐ始末すりゃ良かった。ガキの頃みたいにな」

鷲尾さんはクラス委員の選挙で自分に勝った人間をボコボコにした過去を語ってみせる。

「なぜだか我慢できないんだ。俺の住んでる巣の中で、俺以外の奴が中心にいることが。その巣の中心であるその席には……俺が座らなくちゃいけないんだ。人望があろうが恩義があろうが、俺にとって社長は不当な占拠者だ」

その自分勝手な主張に、頭にかっと血がのぼるのがわかった。社長になる人望も能力も器もなかったのは自分の責任のくせに、努力もしないで成り上がろうとするなんて愚かの極みだし、筋が通らない。警察に突き出す事も出来ないならいっそ、めちゃくちゃに苦しめてやりたい。
私は鷲尾の上半身めがけて無言で発砲する。1発、2発、3発。弾切れだ。

無傷で鷲尾は立っていた。
こんな至近距離、外すわけもないのに。
銃声に一瞬ビクついた鷲尾が、冷や汗を拭いながら笑う。

「は、はは……おまえが持ってるのはおもちゃか? 社長に紹介してもらった射撃場で何を学んだんだよ?」
「そんな……?!」

撃った感触も反動もあった。なのに、嘘のように銃弾が消えている。外した形跡すらない。

「ありがとうなあ、柚子。おまえの仕事を社長が引き受けたから社長を殺す最高のチャンスをゲットできたぜ」
「……っ!」

鷲尾の言葉に心を抉られる。

「それと吾代、バカなおまえも実にうまく利用できたよ。おまえのミスって口実も出来たし、事件を隠そうというのも、柚子に肩入れしているおまえなら言いだすだろうと」
「黙れコラァ!」

ブチギレた吾代さんが鷲尾の胸倉を掴み上げる。いつかの時の私のように、怒りのあまり言葉が出てこないようだ。

「この野郎……社長を……そんな下らない動機で!!」
「全く、実にくだらない」

机にいつのまにか座った助手の無邪気な笑みが、修羅場に水を差した。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ