子犬のワルツ

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社長が殺されてから3日が経過した。
犯人は依然として見つかっていない。日本刀なんて珍しい凶器だからすぐ絞れると思ったが、日本刀を使う殺し屋をリストアップして片端から調べるほど、アリバイがハッキリして可能性が薄れていく。殺し屋だけでなく、間口を広げるべきか。ただ、そうなるとキリがない。

更に言うと、妙なスーツ姿の男達が事務所の外をうろつくようになってきた。望月信用調査の人間が社長の死を早くも嗅ぎつけたのか、それとも社長暗殺こそがそもそも彼らの差し金か。自分のせいで兄さん達が社長を殺すよう仕向けたなんて思いたくない。私は更に躍起になって犯人を探した。
目の色を変えているのは私だけじゃない。西村さんは3ミリ痩せたし、豪田さんもクマが出来た。速水さんも煙草の本数が倍に増えている。鷲尾さんは比較的落ち着いているようには見えるが、目の下のクマは隠せない。
そして吾代さんは前にも増して短気になった。今だって、苛々と折りたたみナイフを手で弄んでいる。事務所の空気はどんよりと淀み濁りきっていた。

「あの……マジ明日までに金を返してください。取りに行くんで。なかったら……殺しますよ」
「もしもしィ?! 俺俺、俺だよ! 俺金欲しーんだよ母ちゃん俺! あ?! だから俺だって! 俺っつってんだろ殺すぞ!」
「ホログラムの作りが甘いねえ。これじゃATM通んないよ。さっさと作り直さないと、殺すよ」

上からのノルマをさっさと達成して時間を作ろうと皆必死だ。必死すぎていつもの数倍口が悪くなっている。このままではいつか誰かが爆発しそうだ。早く犯人を探し出さないと。そう考えパソコンのキーボードを叩いていた時だった。

「何だてめーら」

吾代さんのドスの効いた声に顔を上げる。彼はドアの前に立ちはだかり、ドアの前に立つ制服を着た女子高生にメンチを切っていた。金髪のショートヘアの、人の良さそうな女子高生はガラの悪い吾代さんの態度に顔を引きつらせている。

「来るとこ間違えてんじゃねーのか? こちとら電話応対で忙しーんだよ。とっとと消えな」
「はい、消えます」
「消えたいのは山々なんですが、先生が言って聞かないんですよ。ここの皆さんの助けになりたいと!」

側に立つ長身の男性が逃げる少女の襟首を掴み溌剌と笑う。他の面々も訝しげに顔を上げ始めた。

「隠しているのでしょう? この部屋で起こった事件を。そしておそらく商売柄、警察にも言えなくて困っている。そんなところでは?」

どきりと心臓が跳ねる。闇金にノコノコ乗り込んで、なんでもお見通しと言わんばかりにつらつら述べるその精神、普通の人間じゃありえない。他の組のヤクザか、兄さん達の会社の手先か、それとも。いつでも発砲できるよう、私は机の下に隠していた銃に手を伸ばした。

「てめーら、」
「よせ、吾代」

鷲尾さんが鋭く諌める。

「おたくら、何者だ? どこでその情報を仕入れた?」
「名探偵桂木弥子さんのカンです! これがもう百発百中でして!」

男性が金髪の少女の肩に両手を置く。名探偵桂木弥子先生は涙をダラダラと流している。

「カン? 探偵だと?」
「ええ。最近売り出し中のね! 僕はその助手です!」

そんな探偵聞いたことないし。お遊びか何かとも思うが、その割には助手の口数が多い。はっきり言って胡散臭いと言う一言しか思い浮かばない。
人好きのする笑顔を浮かべ、助手と名乗る彼は目を細める。

「何なら警察を紹介してもいいですよ。知り合いに刑事がいますし、先生のカンが正しいなら何らかの痕跡が見つかるでしょう」
「んだと……」
「ま、待て待て!」

まずい。吾代さんがキレかけている。鷲尾さんが慌てて口を挟んだ。

「……確かに先日、ここで事件は起こっている。犯人が見つかっていないのも事実だ」
「やはりね。表情から察するに、その事件は軽いものではありませんね?」

外堀を着実に埋められている。助手の話術に私は焦りを感じた。社長ならのらりくらりと躱せたかもしれないが、実直な鷲尾さんや悪口のボキャブラリーしか豊かじゃない小卒の吾代さん、口下手な私なんかじゃ、対抗できない。

「……殺人だ」

案の定、鷲尾さんが渋々といった様子で情報を少しずつ明かし始めている。

「うちの社長が3日前にここで殺された。実際、叩けばホコリの出る事務所だし、手広くやってる以上、心当たりも多い。内々でけじめをつけようと、今仕事の合間に当たってるところだ。で、あんたらがここに来てそれを知って、何が目的だ?」

鷲尾さんが警戒の色を浮かべるが、助手は何の「決まっています!」と明るく言い放った。

「今から先生がここの事件を解決して差し上げることです!」

事件を解決? 予想外の言葉にメンバーに動揺が走る。何を簡単に、と西村さんが呟いた。当たり前だ。私たちが探しても分からなかったものだし、証拠なんて3日も経てばますます薄れていく。パッと出の、しかも恐怖に顔を引きつらせている女子高生なんかがこの事件の真相を突き止められるわけがない。

「よーし。つまりは殺されたいってことだな」

我慢の限界がきたのか、吾代さんがナイフを取り出す。

「そこから一歩も動くなよ。これはうちの会社の問題だ」
「おい、ソレ仕舞え吾代!」
「あんたは黙っててくださいよ鷲尾さん」

吾代さんの目は赤い。疲れが溜まり短絡的になっている部分もあるんだろう。

「嫌いなんすよ。こういう何にも知らねー奴が、探偵ごっこかなんだか知らねーが……」

吾代さんは一番社長の死に打撃を受け、犯人探しに躍起になっている。私の安否にも気を回し、望月信用調査の人間の探りに対してもずっと気を張ってきた。それを得体の知れない赤の他人にズカズカと踏み荒らされているのが我慢ならないんだろう。

「目の前の人間の危険度くらいは分かるようにしとかなきゃなァ?」

ハイエナの二つ名に相応しい凶悪な笑みを浮かべてナイフを舐める。あーあ、可哀想に。私は肩をすくめる。普段だったら諌めてもいいけど、私も連日の激務で疲れていた。それに正体不明の他人の介入にも反対だ。まだ若い女子高生には悪いけど、まあ正直、赤の他人がどうなろうが知ったこっちゃない。

「なるほど」

吾代さんより少しだけ身長が低い優男は、しかし動じた素振りも見せず、瞳を妖しく光らせた。

その瞬間、190センチものがっしりとしち吾代さんの肉体が部屋の天井の角に向けて吹っ飛び、崩れ落ちる。
殴られたか、爆発かは分からない。吾代さんが喧嘩負けすると思っていなかったから一瞬呆気にとられたが、体は敵と判断し勝手に動いていた。机の下で構えていた銃を突き出し、相手に3発打ち込む。狙うは男の肩口。

事務所に銃声が鳴り響く。手応えはあった。当たり前だ、こんな近距離なら外すわけがない。私は予備の弾を残して相手を伺う。男は動く素振りは特には見せていなかった。

なのに。

「あはは、一番無害そうな顔をして、容赦ないですねえ」

助手は子どものようにきゃっきゃと笑う。その体には黒焦げ一つない。

「先生はこう見えて数々の修羅場をくぐり抜けたお方! 敵にすると恐ろしいですが、味方になればこの上なく頼もしい!」

その「先生」が手のひらを開く。からん、と乾いた音がして床にナイフが落ちた。吾代さんの持っていた折り畳みナイフだ。

ただし、紙くずのようにグシャグシャに丸められ、黒焦げの跡のついている、変わり果てた姿のナイフで。

「どうですか? この事件、先生に任せてみては? 必ずや、解決してご覧にいれますよ」

私たちは声も出せず呆然とナイフを見つめる。私の足元でピクピクと痙攣する吾代さん以外、身動きを取る者はいなかった。

「……分かった」

ようやく社長代理の鷲尾さんが口を開く。

「そもそも、会社内で解決しようと言い出したのはそこの吾代でね。俺個人としては、解決するなら手段は問わん。いいだろう、おたくらに任せてみよう」

私は引き金に指をかけたまま手を降ろす。どこの馬の骨かも分からない人間を招き入れたくないし、吾代さんをぶっ飛ばしたのは気にくわないが、社長代理の鷲尾さんがそういうなら仕方ない。ただのバイトの私に口を挟む権利はない。
でも、少しでも尻尾を出したら、その時は逃さず捉えて、その正体を暴いてやる。

「それで? 解決できたら何が望みだ? 金か?」
「そんな、お金なんて」

言いかけた女子高生を、男はぐいと引き寄せ、低い声で囁く。何を言っているかは分からないが怪しい。私は眉根を寄せた。

「お金はいりません。その代わり、もし事件を解決したら、この場所……事務所をいただきましょうか」

片目を瞑って手で四角形を作って見せた。
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