子犬のワルツ

□年上の弟
1ページ/1ページ


「はーい石垣さんハピバハピバー」
「いえーいサンキュー! おまえら最高だぜー!」

私、笛吹直大が食堂で昼食のカレーを頬張っていると、聞き覚えのあるはしゃぎ声が聞こえてきた。筑紫と顔を見合わせ覗き込むと、柱の向こう側のテーブルで、見覚えのある四人組を見つける。笹塚の後輩である石垣と等々力、それから私が面倒を見ている匪口とその悪友、早坂柚子。

「うるさいですよ、石垣さん。昼休みとはいえ職場なんですから、節度ある行動を取ってください」
「あれぇ新入り嫉妬か〜〜? だよな、おまえ友達少なそうだもんなあ。誕生日プレゼントもらったことないんだろー!」
「このボールペンは前回の誕生日に柚子さんから貰いました」
「あんたの誕生日なんてどうでもいいけど、等々力ちゃんの誕生日は覚えてるから」
「きょ、恐縮です……!」

頬を赤らめる等々力の隣で石垣がぐぬぬと歯を食いしばっている。私は筑紫に「等々力のほうが年上だよな?」と確認する。筑紫は静かにうなづくと、私たちは無言で同じ疑問を浮かべた。……いや。何でおまえはそんなに偉そうなんだ?

「まあ石垣さんも元気出して」

匪口が肩をポンポン叩き、小包を石垣に手渡す。

「ほら、これ誕プレ」
「匪口ぃー! 俺の味方はおまえだけだぜ!!」
「あんたも物好きよね。何でこの人にプレゼントなんてあげようと思ったの」
「いや、石垣さんというか、お世話になってる笛吹さんへプレゼントをあげるついでというか」

突然私の名前が出てきてどきりとする。

「ついで扱いかよ!」
「あ、あとネトゲたまにやる仲として、ほら、ね」
「そっちをメインで言ってくれよ!! くそう、俺の人望があのチビメガネに負けた!」

大袈裟に頭を抱え込んでテーブルに突っ伏せる。

「前から思ってたけどキャリア組はずりーよ! 現場を経験してないくせに上から命令ばっかするし! プライベートくらいはあいつらより良い思いがしてーよお」
「そういう組織だから当たり前でしょう? あの方々はそれに値する努力と能力の結果、あの立ち位置にいるんです! 石垣さんと違って!」
「本当その通りよ。それに、能力や立場云々じゃなくてあんたの仕事に対する姿勢があんた自身の評判を貶めていることにいい加減気付きなさいよ」
「ううう」

女性陣2人から容赦ない言葉を浴びせられ、石垣の精神的ダメージが見る見る蓄積していく。

「確かにあの人はチビだしメガネだしプライド高いしたまに変な意地を張って迷惑なところもあるけれど、」
「なんだと!」
「笛吹さん、抑えてください。ここで怒ると目立ってしまいます」

筑紫が小声で水を勧め、私はいらんと突っぱねる。

「でも能力高いし努力するし、何より社会規範に根ざした正義を自分の中にしっかり持ってそれを貫き通すところが慕われてるんでしょ。能力だけじゃない、人格も慕われてんのよ」

思いもよらない褒め言葉に、私の怒りはやり場をなくす。嬉しいような恥ずかしいような気持ちになり、私は水を飲むふりをする。

「それに比べてあんたは何。能力低いとかははっきり言ってどうでもいいけど、仕事中にプラモデル作るのはないんじゃない。ましてやあんたら公務員はサボってるとすぐ税金の無駄遣いって叩かれちゃうんだから、少しは気をつけたらどうなの」

早坂柚子の冷たい視線に、石垣は何も言い返せないようだ。等々力は純粋の後輩だが、早坂柚子はそうではない。大人びた見た目と的を射た毒舌、ちょっとやそっとじゃ引かない気の強さに、さすがの石垣もたじたじなんだろう。

「すごい、柚子さん、私スッキリしました!」
「男はね、これくらい言わないとダメよ、等々力ちゃん」
「いや柚子、等々力さんのほうが年上だからな?」
「だって、だって!」

大の大人のはずだが、こいつは駄々をこねるのが妙に似合う。

「まじめにやっても誰も褒めてくれないし、先入観で物事を判断して、悪いことがあったらすぐ俺のせいにしてさあ! こんなん飲まねーと正直やってらんねーよ!」
「石垣さん、それお茶です」
「あーもう、やけ酒すんな、みっともない!」
「いや、お茶だってば。ノリいいな?!」

等々力と匪口はやや引き気味に2人のやりとりを見守っている。

「周りの目線が白くなったの、半分はあんたの自業自得なんだからね、分かってんの?」
「ううう、俺だって頑張ってんのにぃ」
「辛い気持ちは分からなくはないよ。でも相手がそう見ちゃったならもうしょうがないの。そういう時は黙って努力して結果を目の前に叩きつけてやるしかないのよ」
「やろうとしたさあ」
「出来るまでやんの!」

意外と最後は根性論か。雑だな。

「大丈夫、あんたなら出来るって。あんた、バカだけど国家試験合格して刑事にまでなって活躍してるじゃない。並大抵の人間に出来ることじゃないよ。バカだけど。明るくて人好きのする性格だし、手先は器用だし。バカだけど」
「本当? そう思う?」
「あんたが本気出して頑張れば出来るって。多分」

なんてことでしょう、と隣で筑紫が戦慄く。

「普段冷たい人間が温かい言葉をかけることほど、周りの人間に響くものはない。これを映画版ジャイアンの法則と言い……」
「筑紫、おまえは一体何を言っているんだ」

だが筑紫の言葉はあながち間違っていないようだ。石垣がキラキラと純粋な目で早坂柚子を見上げた。

「俺、頑張るよ、姉貴!」
「いや、石垣さん、こいつ年下だって」
「頑張りなよ。あんたが本気で頑張るって言うなら応援するから」
「おまえ妹キャラだったよな? 何でこの2人にだけは年上感出すの?」

はあ、と匪口がため息をつく。

「まあ、せいぜい頑張んなよ、石垣さん。あと、柚子は真面目だから、試験は全部コネ→カンニング→コネ→カンニングで切り抜けてきたことはバレないようにね」
「えっ」

その瞬間、早坂柚子の顔からわずかに浮かべていた笑みが剥がれ落ちた。

「今なんて?」
「いや、カンニング→コネ→カンニング→コネだったかな」
「そうじゃなくて。石垣さん、あんた、この話本当?」
「匪口、コネ→カンニング→コネ→カンニングで合ってるぜ!」
「石垣さん、黙ってください」

等々力が恥ずかしさのあまり顔を隠す。

「柚子さん、違うんです。笹塚先輩を始め、警察には勤勉で能力の高い人がたくさんいます! こんな人間が普通だと勘違いしないでくださいね!」
「……いや」

早坂柚子の声は冷え切っている。

「やっぱ警察はロクなもんじゃないわ。笹塚さんは変態だし、匪口もチャラいし、笛吹さんはチビメガネだし」
「あ、ひっでー。俺超一途だし」
「その中でも一番のろくでなしはあんたよ石垣じゅん!」
「俺の名前はしゅんだから!」
「バカで軽くてへっぴりごしでも努力でのし上がってきたところだけは買ってたのに! 最低! 国家試験の不合格者全員に謝れ! さよなら!」
「ま、まてよ姉御ぉ〜」

行くよ、と等々力の腕を引く早坂柚子と、その背中を追いかける匪口。順番に私たちのいるテーブルのすぐ脇を通り抜けていく。何となくこの場にいるのが気まずくて、筑紫と私は申し合わせたように顔を伏せ、食事を続ける振りをする。

「……あーあ、とんだ伏兵がいたもんだよ」

匪口が通り過ぎる瞬間、そんな呟きが耳を掠める。ハッとして顔を上げた時、匪口の口の端がほんの少し釣り上がっているように見えた。

「……とんだ策士もいたもんですね」

1人残され喚く石垣の声をバックに、筑紫がぼそりとそう漏らす。天才の異名は伊達じゃない。匪口の裏の顔を垣間見た気がして、私は無言で同意した。恋のライバルと認めた人間をさりげなく確実に蹴り落とす容赦のなさに、私は末恐ろしいものを感じ、背中を震わせたのだった。

……ちなみに、この騒動があったせいか、2人からプレゼントを貰うのは2週間後のことになる。

(20190419)
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ