子犬のワルツ

□April Prank
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「君は嘘をつくのが下手だ」
「……」

柚子ちゃんが兄さんからの電話を切った瞬間、ぼそりと呟く。

「可哀想なくらい下手だ」

もう一度強調して言うと、彼女が顔をしかめた。休憩中でなければ、そして俺でなければ撃っていたかもしれない。

「……馬鹿にしてんの?」
「いや、同情してる」
「どっちにしろ腹が立つわ」

彼女は喜怒哀楽の激しい方ではないが、総じて分かりやすい。不機嫌な時の顔なんて、すぐ分かる。

「少しは嘘をつく練習をしたほうがいい。じゃないと」
「じゃないと?」
「彼氏を家に連れ込んだ時、それが家族にモロバレになったりする」
「兄さん達の神聖な部屋に彼氏を連れ込むなんて! ていうか、連れ込むって、つまり」

柚子ちゃんが顔を赤くする。銃を持って裏社会の人間を気取っている割には、こういうところは純粋で年相応で、彼女の好ましい部分の1つだと俺は思う。

「……私が嘘つくの下手というよりは、そもそも人間が嘘をつくように出来てないと思う」
「ふーん」
「嘘をつくと脈拍数は上がるし、脳は嘘をついたことを覚えていたり嘘をついたことの整合性を取ったりして余計なメモリ使うし、嘘をつくのはコストがかかるというか、難しいというか」

嘘をつくのに難しさを感じているらしい。俺は少し考え、提案する。

「周りで嘘をつく奴の真似でもしてみたら?」
「周りに嘘をつく人間なんていないし」
「本当に?」
「うん。兄さん達はそもそも嘘をつかない天使のような人間だし、ひぐ……同級生は嘘をつく暇もないというか。同僚も嘘をつくような器用な真似はできないし……」

言いかけて、思い当たったかのように「あ」と声をあげる。

「ん?」
「社長……上司はいかにも嘘つきそうだけど、多分私には見抜けないな」
「そっか」

諦めムードの柚子ちゃん。社長というからにはある程度のやり手なんだろう。そんな相手からスキルを盗むのは、彼女にはハードルが高いか。

「……分かった。良いこと教えてやるよ」
「何?」
「俺も嘘をつくのが得意ってわけじゃないけど……嘘をつく時は、虚実織り交ぜて話すといいらしい。自分自身をも騙眩かす勢いでね」
「ふうん」
「それか、都合の悪いことは言わないとか」
「なるほど」

ピンときてるのか否か、彼女の反応は鈍い。

「ま、悪用は駄目だけど、少しくらいはつけるようにしたほうがいんじゃない。駆け引きはどんな時でも使えるし、嘘は時には人を救うこともある」
「そうかなあ」
「多分ね」

人を救う前にまず、自分を守る嘘をつけるようになった方がいいと思うけど、という言葉は飲み込んでおく。彼女は銃の腕は確かだが、その手の駆け引きに関してはあまりにも無防備だ。

「そういえば今日はエイプリルフールだね」
「ああ、らしいね」
「そんなに言うなら何か面白い嘘言ってみてよ」
「意外と無茶振りするねぇ……」

まあ、手本を一切示さないのも可哀想か。ついてみせるとしたら、ちょっとしたおふざけや冗談になるような嘘か。俺は細く長く煙を吐く。しばらくして、口を開いた。

「俺、すんげーSでさ」
「……は? 何を急に」
「可愛い女の子は虐めたくなるんだよ」
「……な、何言ってんの、あんた」

馬鹿じゃないの、と一蹴するかと思ったが、意外に信じて腰が逃げている。俺は少し楽しくなって、隣に座る彼女の左手首にそっと右手を這わせた。

「普段強気にしてる癖に、実は初心な子とかは虐めて、泣かせて……心の柔い部分を暴きたくなる」

耳元に口を寄せて低い声で囁けば、彼女の耳が一気に赤くなる。

「……ちょ、と。笹塚さん、ち、近いよ、」
「逃げられないように、ゆっくり追い詰めて、最後はこうやって」

仰け反る彼女、被さる俺。押し返そうとする手を逆に掴み、片手で掴んで。

「……閉じ込めたくなる」

がちゃり。手首に銀色の枷を引っ掛けた。

「……な……あ、」

柚子ちゃんの目は怯えと観念の色で揺れている。その顔は上気しており、ちょっとからかってやろうという悪戯心を、期待に昇華させるには十分の色気を孕んでいた。
想像以上の彼女の反応に俺自身がどきりとし、惑わされそうになる。

「……もしかして、期待してる?」

放った言葉は、彼女への言葉か、自分自身への問いかけか、俺にも判断がつかなかった。

「そ、そんなわけないでしょ!」

彼女が赤い顔を背け、強い口調で吐き捨てる。俺はやっと元に戻った気がして、鼓動を抑えながら「じゃ、抵抗しないと」と叱ってみせる。

「生半可な態度は、相手に勘違いさせることになる」
「襲おうとしたあんたが言う台詞じゃないでしょ!」

俺の過ぎた悪ふざけにも顔を赤らめて悪態を吐く程度で済ませている。そんなところはやっぱりまだまだ子どもだ。

「君は良い子だ」
「は?」
「外の人間には容赦ないが、一度懐に入れた人間にはとことん弱くて、傷つけられないし、逆らえない」
「……んなわけないでしょ!」

そう言って睨みつけるが、以前絡んできた客への暴れっぷりを考えると、あの抵抗はないに等しいか、ますます燃え上がるスパイスなしかならないと言うのに。
手錠を外してやりながら、俺は嘯いてみせる。

「懐くのは君の良いところだけど、それに付け込まれないようにな」
「あんたが! 言う台詞じゃ! ないでしょーが!」

顔が赤いのは怒りか羞恥か。荷物を纏めるところを見ると、今日の練習はお開きらしい。からかいすぎて、随分と機嫌を損ねてしまったようだ。
出口に向かう足をふと止めて、彼女がじっとり振り返る。

「ねえ。……ドSとか、虐めたいとか。どこまで本当なの?」

妹に似た年代の、妹みたいな存在の、妹とは違う彼女。
無愛想で不器用だけど一生懸命で、たまに見せる素顔が初々しい。
いつのまにか知らないが、俺の中で少しずつ、存在感を増している。

「さぁ。どこまでだと思う?」

俺自身も分からないことだが、大人の俺は分からないことを隠すのが上手い。
紫煙とともに、彼女の言葉と自分の気持ちを煙に巻いた。

(20190401)
 

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