子犬のワルツ

□甘えたい、甘えられたい
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「気持ち悪い……」


 私はソファに突っ伏して力なく呻いていた。こんなみっともない部分を人に見せるなんて恥ずかしいと思うけれど、兄さん達にならどんなみっともない姿を晒しても許されるような気もする。


「大丈夫か、柚子?」


 直後、ユキ兄が自分まで死にそうな表情で駆け寄ってきてくれた。心配させて申し訳ないようなちょっぴり嬉しいような、複雑な気持ちになる。けれど、やっぱり嬉しい。


「珍しいな、おまえが二日酔いだなんて」


 ユキ兄の後ろから久兄もこちらを覗き込む。確かにわたしは兄さん譲りで、ザルを通り越して枠の域に達するほどの体質の持ち主だけど……って、そうじゃなくて。


「二日酔いじゃないよ。何か最近たまに気持ち悪くなるってだけ」
「の割りには、今日の昼めっちゃお菓子食ってたよな。あの食事量は二人分の域を……はっ、まさか!」


 ユキ兄の真っ青な顔を見て「どうした、ユキ?」と久兄が素早く反応し、もしかして、と眉を潜める。


「妊娠したのか、柚子?」
「なぜそうなる」


 具合の悪さを一瞬だけ忘れた。


「相手は誰だ? ユキか? ユキか? ユキなのか?」
「なぜ実の兄との性行為を疑う」


 ユキ兄もそんなこと言われちゃ心外だよね、ともう一人の兄さんを見れば、彼は絶望しきったような表情でこちらを射返していた。


「俺とセックスするのが嫌なのか?」
「いや、ユキ兄はしたいわけ?」
「何で私はしたくないんだけどって顔で言うんだよ!」
「いや、この世の終わりって顔でそう叫ばれても……」


 最早私より具合が悪そうだ。喉元までせりあがってくる何かを堪えながら、私はユキ兄を安心させようと、彼の胸元へ寄りかかり、慰めるように背中を軽く叩いた。私に頼られることが大好きなユキ兄は、どこか安心したように顔を緩ませると、力いっぱい私を抱きしめた。抱きついたことを後悔した。は、吐く。


「ユキ。柚子が死にそうだ」
「わ、悪いっ、柚子、大丈夫か?」


 久兄の言葉にユキ兄は慌てて力を緩め、今度は優しくそっと、壊れ物を扱うように私の体を抱き上げた。いつまで経っても慣れない浮遊感を感じる前に彼の肩にしがみつく。兄さんの手が腰に回され、しっかり安定したのを確認すると、少しだけ手の力を緩めた。そんな私の額に、ユキ兄が自分の額をくっつける。


「熱は……ないみたいだけど。本当にどうしちゃったんだろうな。まだ気持ち悪いか?」


 うん、と小さくうなづきながら私は思う。彼がこんな風に全力で心配する相手も、私がその気遣いを甘んじて受け入れられるのも、きっとお互いだけだ。


「最近色々あったからな。疲れて体調を崩しているんだろう。寝かしつけてきなさい、ユキ」
「了解」


 余裕ぶっているこの人だって、私たちが危ない目に遭わされたら、どれだけめちゃくちゃなことをやってのけることか。想像し、私は引き結んでいた口元を少しだけ緩ませた。


「柚子、この一週間は大人しくベッドで過ごしなさい。分かったね」
「一週間もベッドの中にいなきゃいけないほど具合が悪いわけじゃないよ」
「いいから寝てろって」


 私を抱えたまま、ユキ兄が歩き出す。私に負担を与えないよう慎重に、けれどなるべく速やかに。愛されてるなあ、私。全身がくすぐったくなって、身を縮める。首に腕を絡めれば、より近くにユキ兄を感じる。ユキ兄の髪質、体温、息遣い――そして、耳の奥で転がる心地よい低音。


「何だよ、柚子は本当甘えたがりだな」


 喉の奥で笑い、可愛い、と呟く。そういうユキ兄は、今まで会ってきたどこの男よりも格好良い。けれど私は口に出さず、代わりに拗ねたように顔を背けてみせた。


「別にいいよ、甘えたがりで」
「うん、俺も甘えられるの好きだし、甘えたがりのままでいいよ」


 ユキ兄が私の髪の毛を撫でた。寝室のドアが近づくにつれ、離れたくない思いが強くなる。ベッドに入った後も、ユキ兄に一緒にいてもらうように、おねだりをしよう。ユキ兄が私に頼られることを喜ぶように、何だかんだ言って私も、ユキ兄に甘えることが大好きなのだから。

 Fin.
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