コイン

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「“最後の自分”像……あ、出た」


 わたしが呼吸を落ち着け部屋に戻ると、二人はパソコンでXが狙っているという“最後の自分”像を検索している最中だった。


「あ、ユウ。もう大丈夫なの?」
「うん」
「相手は笹塚さん?」
「まあ」
「へぇ、いいなぁ」


 大事にされてるね、と微笑みかけられる。わたしはうまく笑みを作られているか不安になった。わたしは大事にされたいんじゃない。愛されたいのに。そんな自分勝手なことを考えてしまう自分が嫌だ。頭を緩く振ると、無理矢理パソコンの画面に意識を向ける。


【芸術家絵石家塔湖の遺作】


「絵石家塔湖?うーん……知らないなぁ……」
「わたしも知らないな。この人、本当に凄い人?」


【彼の作品は彫刻・絵画など多岐に渡り、独特な作風で一世を風靡した】
【若い頃に世界的な名声を得た絵石家だが、晩年の作品はあまり高く評価されず】
【去年他界した彼の遺作である本作も、未完成ということもあり、評価対象とはされていない】


「従って、今回Xに盗難を予告されるその意味も不明である、か……ふーん、あんま価値ないんだ」
「この人が評価されたの、若い時だけらしいしね」


 綺麗に禿げ上がった形の悪い頭、皺だらけの顔、飛び出た眼球。写真を見ながらわたしは、この人が若かった頃は一体何百年前のことだったんだろうと考えた。


「私は全然芸術とかわかんないしなぁ。子供の頃水族館のマンボウ描いた時もめちゃくちゃ親に嘆かれたっけ」


 そんなに下手だったかなぁと首を傾げる弥子ちゃんを、ネウロが知らんと一蹴する。


「我が輩も芸術の価値などどうでもいい。“謎”の所在地が知られただけで十分だ」


 ネウロが立ち上がり、妖艶に笑った。


「行ってやろうではないか。その芸術家の家とやらに」




 その絵石家塔湖の家についた頃には、もうすっかり暗くなっていた。澄んでよく星の見える冬の空の下、あたし達は立派な門の前で立ち尽くしていた。


「すいませーん。誰かいますかー?」


 弥子ちゃんがチャイム越しの声を掛ける。しばらくの沈黙の後「はい。……どちら様?」と、警戒しきった声で女性が応対した。


「桂木弥子魔界探偵事務所です!!怪盗Xの犯行予告の件で、お力になれればと思いまして!!」


 ネウロが力を込めて弥子ちゃんの首を絞める。女性は黙ったままだ。わたしは苛々し、何してるんだと心の中で毒づいた。


「……どうぞ。お入りください」


 やっと女性がGOサインを出す。門が自動的に開いた。


「おじゃましまーす」


 まずわたしが門の中へ、次に弥子ちゃん、最後にネウロが入っていった。


「うわ、暗……何かまだ化け物でもいそうだね」
「ふむ」


 ネウロが弥子ちゃんの前を指差した。


「目の前にいるぞ」
「わぁー!!」


 誰かの悲鳴が上がる。誰かの腕が伸びてきて、ぐいっと引き寄せられる。わたしのすぐ目の前を何かが猛スピードで走り抜け、勢いあまって閉めた門に激突した。


「気をつけろ」
「あ、ありがとう」
「な、何あの猛獣!!」


 弥子ちゃんがわたしの腕に縋り付いて来た。


「ふむ……どうやら番犬のようだな」


 ガルルと唸り牙をむくのは、暗くて確かに見えにくいけど……痩せた、獰猛な警察犬ドーベルマンのようだ。


「あらー、ブチャイクなワンコ」
「ユウ! 変なこと言わないで! めっちゃ怒ってるよ! きゃあ!」


 犬が威嚇しながらにじり寄り、弥子ちゃんが大袈裟に悲鳴を上げた。


「もう、何でこんなの放し飼いにしてんのよォ!!」
「当たり前じゃないですか」


 チャイム越しのと同じ声が空間を通り抜ける。


「死んだ主人が立てた家ですよ? 主人の遺した芸術品の数々も残ってる」


 声のした方へ顔を向ける。逆光でよく見えないが、開かれた家の玄関から数人が出てくるのが見えた。


「泥棒への対策だって、万全にしておかなくてはね」
「わたし達は泥棒じゃありません」


 わたしは口を尖らせ不快感を露にしてみせる。


「さっき探偵って言ったでしょ?」
「えぇ、それは聞いたわ」


 一番前に出てきている女の人が腕を組む。


「でも、Xは変装の名人だと聞いてるわ。あなた達がそのXかもしれないじゃない」


 エリザベス、と女の人が呼びかけ、パンと両手を打つ。


「――噛み殺してしまいなさい」


 威嚇をしていた犬が、勢いよくこちらに飛び掛った。


「え、嘘……っ!」


 弥子ちゃんがぎゅっとわたしの腕を握り締める。わたしはふうっと息を吐き、肩を抱いているネウロに寄りかかり、肩の力を抜いた。ネウロがにっこりと愛想笑いを浮かべ、命令した。


「おすわり」


 ネウロの顔を見た犬が硬直する。しばらくそのままでいたかと思うと、慌ててネウロの前に行儀よく座り直した。一連を見ていた女の人が息を呑む。


「残念ながら、犬の扱いには慣れていましてね」


 ネウロならたとえ見慣れていないチーターやライオンでも飼い慣らすことができそうだ。ひっそりそう思いながら、わたしはネウロから離れた。


「しかし、物騒ですね。そうまでして守りたいものがあるということですか? ……あぁ、申し遅れました」


 ネウロが弥子ちゃんとわたしを前に出す。


「こちらが名探偵桂木弥子先生で、僕とこちらの彼女はその助手です」


 わたしはにこりと笑ってみせる。向こうはにこりともしていないんだろうなと思うと、皮肉な笑いが混じるのを止めることができない。


「まぁ、そう警戒なさらずに」


 我々はあなたの味方なんですから、とネウロが両手を広げて温かく微笑む。しかしその目は、女の人達ではなく、もっと何か別のものを見ているような気がした。
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