□家康.
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『久しぶりだな』
『え?どちら様で?』




伊達と同盟を組めたのは僥倖であった。
竜とその右目と共に戦えるのは心強い。
ほっとした途端、懐かしい存在を目にした。
湧き上がる感情のままに駆け寄り声をかければ驚いたように振り返り、こちらの姿を視界に捉えて上記のやりとりとなる。
驚き落胆し、覚えてないのかと問えば、覚えるも何も初対面です、と返される。
『ワシだ、ワシ!家康だ』『………。私の知る家康はタダカーツって超元気いっぱいに忠勝さんを呼ぶちみっこで、こんなに筋肉ムッキムキの爽やか青年ではない、断じて!』と強く返されてまいった。
背丈以外はそう変わったつもりはないのだが。
昔の―――まだ名も立たぬ小さな頃の不思議な体験を聞かせて初めて、『ああ、家康…なのか…』と納得はしてくれた。もの凄く複雑そうではあったが。
三成の出方をみつつ同盟の書状を送る忙しない日々が続き、せっかく会えた懐かしい存在と話すようなゆっくりとした時間も取る事が出来ずにはいた。
時折遠めに見かけるは、伊達の面々と共にいる姿。
伊達へと降り立ちそこで過ごしているのだから仕方がないのだろう。
それを少々残念に思いながらその姿を眺めるだけだったのだが、
報告にと集まった家臣達がそれぞれに腰を浮かして消えていく中、巡らせた視線の先に―――いた。
ふらりと現れたその傍らに竜の姿も、その右目もいない。
たった一人という珍しい状態に呼び止めようと声をあげようとして、見つめていた先で視線が合う。
途端に顔が顰められた。
あまり見ない変化に一瞬戸惑い首を傾げる。
むすっとした表情を崩さずにではあるが、こちらへと足を向けてくれた存在。
何かした覚えはない。
そのような表情をさせる『何か』をした覚えはないはずだ。
出て行く家臣と入れ替わりに近寄ってくる存在へ声をかけようとして、先を越された。

「家康様」

「様?なんだいきなり改まって。いい、いい、家康で」

かしこまった呼び名に背中がむずむずとする。
笑ってそう告げるけれど、眉間に寄った皺は解かれることがなかった。

「じゃ、家康。ちょっと、こっち。こっちこっち」

口調だけは昔のように戻りはしたが、相変わらずの仏頂面で手首を動かす。
こいこい、と振られる手にふらりと着いていく。
入れと示された部屋へと踏み込めば、タンっと軽い音と共に障子が閉められたのが分かった。
人気のない部屋。
一体なんだ、と振り返った先で

「座れ」

感情の読めない表情で床を指差しての一言。

「……なに?」

「いいから。正座、そこに」

「ちょっと待て、いきなりなんだ。正座って」

「しなければ、誰が何をなんと言おうが奥州へ帰る。政宗っちや小十郎さんが何をいっても帰るひとりで帰る今すぐ帰る。そして二度と会わないし喋らない」

淡々と、ただ言葉を並べるだけの口調で告げられた内容があまりにも突然で、そのまま膝を付き腰を落とす。

「よし」

と満足そうに頷く姿に声をあげた。

「なぁ、そろそろ少しくらいせつめ―――いったたたた!なにする!」

「抓った。で、いいからフードかぶれ、フード!」

「ふーど?」

「その葵の紋が入ったそれ!それをかぶれ、早く、今すぐ」

抓られた頬がじんじんとした熱を持つ。
一体なんなのだ。
座れだの、かぶれだの。
突然抓られた頬もわけがわからない。
分からないことだらけだが、ここで更に反論するのは得策ではないと判断する。
しぶしぶと目深まで引き寄せたところでかかった声に視線を上げた。

「さて、何がしてもらたいことは?」

「何か、って、それは」

説明だろう、といいかけた言葉が止まる。
見上げた視線の先には小首を傾げた姿。
再会した時に、この存在を見つめる視線の位置が変わったことに、間近になった瞳に驚いた。

「何かして欲しいことは?」

今は、見上げるその先。
少し上目にならなければ見れない顔。
懐かしい距離。

「家康?」

指先が布越しに頭へと触れるのが分かる。
なでるような感覚にふっと息が漏れた。
してもらいたいことなど、して欲しいものなどない。
ただ―――ただ、普通に喋ることが出来ればよかった。
混乱のあの時代で体験した摩訶不思議な現象。
見たことのないものに溢れた空間でやさぐれながら状況を説明してくれた存在。
二度と会うことはないだろうと思っていた。
むしろ夢見ただけなのではないか、と。
奥州に身を寄せることになったという情報が来たときにはあの存在が実在していたことに驚き、そして嬉しさを覚えた。
だから、多くは望まない。
望むことはしない。

「ない」

「ない?本当に?」

「特には、ないと思うが…。ああ、なれば伊達の」

「そういうんじゃなくて。あー、もうなんかその全て分かってます、全て受け入れますって感じの澄ました顔と態度がもの凄く気に入らない。ムカつく」

はぁ、っと大きくつかれた溜息と共に矢継ぎ早に吐き出された言葉。
伊達の面々といるときには見たことのないその顰めた表情が、己へ向けられたものなのだと分かるとキリっと小さく胸の奥が痛む。
そうか、そう思われていたのか。
澄ましていたつもりはないが、そう感じられてしまったのは仕方がない。
それはそれで受け入れよう、と。
笑みを浮かべようとした瞬間、

「けど、そうしなきゃいけない理由もあるんだろうし……あー、もー、ほんとしょーがねーなー。ほら」

あげた視線の先で両手を広げられ、まずは戸惑った。
示された態度が理解できなかった。


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