□その『我輩』に近寄るべからず
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「いー天気っすね、忠勝さん」


抜けるような青い空の下。
隣にいるのは見上げるほど長身で全身メタリックのロボ―――ならぬ戦国最強、本多忠勝である。
念願の忠勝さんとのお茶!
碁だ将棋だ、酒を酌み交わしただの、という三河忠勝さんファンクラブのクソ羨ましい報告にキーキー歯を食いしばり、一緒に一晩語り明かす!という最終目標を達成するべく日々努力中だったりする。
というのも、枕を持ち込んでの女子会ならぬ男子会は方々から邪魔が入り(羨ましかったのかコノヤロー!)駄目になってしまったので、とりあえず地道に。

最初は一緒にお茶や酒から!最終的には語りつくせないから一晩一緒に!まで。
というか忠勝さん、寝るの?
布団で?
どうなの?
という疑問をまず解消したい。

とりあえず念願のお茶。
一緒のお茶。
街で見かけた可愛い子に玉砕覚悟でナンパしたら成功した!ひゃっほーい!という感じの達成感に酔いしれて、本来ならこの幸せに浸ってしまいたいのだけれども―――、


「ちょっと聞いてくれないか!家康くん!

「いや、あのな、最上殿」

「我輩の超紳士的名案を!これで我らは天下を取れるも同然なんだよ!」

「そうは言って――」

「歴史的第一歩!それは我輩と家康くん以外に踏み出せるものではないよ!」


しつこい路上セールスのような輩に知り合いがわいわい思いっきり絡まれているので、大変居心地が悪いのである。
しつこいセールスにはお前なんて見えない、という具合に総スルーするのが基本であるけれど、その黄緑色の何かは最近同盟関係を結んだ相手だというのだから………無下に出来ないというのが辛いところだろ思われる。

トップに立つ人間の苦悩とでもいおうか。
どんなにしつこくアレな人間であろうとも必要であるのだから仕方がない。
我慢の一文字。
と他人事ながらも同情してしまうというか…

「身内がすみません…って言うと政宗っちが怒るし、身内にしたくもないんですけど、まぁ、なんていうか、とりあえず、あの……すみません」

湯飲みを握りしめ、溜息混じりの謝罪。
せっかくの忠勝さんとのお茶が台無しである!
おのれ最上義光!
今なら同盟組むといった際に物凄くへそを曲げた政宗っちの気持ちが痛いほど良く分かる。
仕方ないとわかっているんだけど!
前だけ向いていたら背後から刺されたよ、にならぬ為に仕方ないってのは分かるんだけど!

コレはないわー……。

多分、言いだしっぺの家康も今心の中で後悔しているんじゃなかろうか。
顔で笑って身の内で殺意芽生えてたりして。

………。

いや、あんな可愛らしかった子がどす黒く成長なんてしてほしくないので、全部まるっと困惑していて欲しい。
殺意とかないない。
『あん時、殺っときゃよかったぜ』と一応は親類に対してボソっと呟いた政宗っちのように成長して欲しくない。
ヤっとけばのヤの字か確実に『殺』になっていた。

「まぁ、あの、すごくウザイってだけで………悪い人じゃないとは思う……んですけ、ど」

何故か感じてしまう申し訳なさ。
自分の親類でもなんでもなく、ほぼ関わりのない人物なれど、世話になっている伊達さん家には思いっきり関わりのある人物なので。
一応フォローしておかないと、というか。
ごめんな、家康、という気分というか。
政宗っちとハチ合わせになったら確実にここが戦場になりかねないというか。

なんかもう、あれだ。
ごめん。
黄緑色の何かが迷惑をかけているのが、忠勝さんが命よりも最優先としている家康であるってのが…もう…。
せっかくの忠勝さんとの、のんびり幸せ時間が……。
はぁ、と溜息をついた瞬間、

そっと背中に触れる何か。
何?と思わず首をめぐらせて、それが大きな忠勝さんの指だと分かる。
そうっと背を撫でられて顔を上げれば、こちらを見下ろす瞳とかち合って思わず瞬きを繰り返してしまった。

基本、忠勝さんはしゃべらない。
感情の表現は駆動音なの?というくらいの無言を貫く漢である。
それをキッチリ受け止めて会話出来るマスタークラスは言わずもがな徳川家康なのだけれども。
じっとこちらを見下ろしてくる煌く瞳の中に慰めるような、労わるような優しさを感じて、

「〜〜〜〜っ!」

とりあえずこれは夢じゃなかろうかと頬をつねってみた。
思いっきり痛い。

「うわーん!ただかつさーーーん!」

湯のみを放り投げる勢いで置き、そのメタリックな腕へと向かいしがみ付く。
なんなの、この気遣い!
ロボなのに!
くっそ、やられた。
マジでハートを打ち抜かれるぜ!
さすが戦国最強として各地にファンクラブを展開させている漢!
メロメロです!と頬ずりすればひんやりとした感触が頬に伝わり一段を痺れる。

メタリック最高!
うへ、うへへへへ、としまりのない笑みを浮かべて冷たい装甲を堪能していると、目の前のこちらの話を欠片も聞かない強気なセールスマンと気苦労の耐えない苦労人のやりとりは段々とカオスになってしまっていた。
押せ押せでどうにかしようとしていやがる、最上義光…。
瞳の色が尋常じゃない。
瞳孔開いちゃってんじゃなかろうか。

「………助けに、入ったほうが……いいんですかね?」

腕にしがみついたまま、ボソっとそんな提案をしてみる。
見ていて本当に家康が気の毒になっているというか、これ助けてやらないとダークサイドに自ら身を投げるんじゃなかろうか、と心配になってしまったのもある。
困惑気味の駆動音に顔をあげて、互いに合わさった視線で何とも言えない心境を伝えあった。

あれ、おれ、凄い。
段々忠勝さんと意思疎通できてる!
と喜ぶのは後にして、家康どうしよう。


「だからね!言ってるだろう!我輩の魅力と家康くんの魅力で幸運が寄ってくるよ!さぁ、さぁ!」

「………」


見つめる先、ヒートアップしていくのは最上義光だけで、もう言葉もない家康は、細く長い息をついた途端、空を見上げた。
わいわいと纏わりつく存在をスルーする勢いで静かに空を見上げ、佇むその姿に目頭が熱くなった。

もうあれだ。
こちらの火の粉が飛ぼうとも、三人いればちょっとは家康の負担も軽くなるだろう。
最悪、忠勝さんに飛んでもらえばいいし。
ダークサイドに落ちてしまいそう前に救出しなければ!
ライトセーバー真っ赤になっちゃう!
よし、と気合を入れてあのカオスの中に飛び込むぞ、と忠勝さんごと一歩を踏み出そうとした瞬間、


「最上…殿」

「ん?なんだね?」

「火鼠の裘というものがあるのをご存知か」

「火鼠の裘?」

「ああ、なんでも火鼠の毛皮で作った、火に焼けない衣らしいのだが………並大抵の人物では入手できないらしい。実はその話を聞き―――」

「分かった!家康くんはそれが欲しいのだね!」

「……いや、だが、入手は難しく危険だという噂で、やはり―――」

「いーや、まかせておくれよ!この最上義光に入手できぬものはないからね!」


と繰り広げられる会話に自分の頭の上にクエスチョンマークが飛び跳ねるのが分かる。

「え?火鼠の裘?」

物覚えが良いと胸張って主張できる脳みそではないが、日本人なら……古文の授業を受けたことがある現代の日本学生ならピンっとくる単語。

「忠勝さん、あれって、竹取物……いや、うん、なんだ……聞き間違えっすね」

そーだ、聞き間違えだ。
かぐや姫が求婚者を追い払う為に口にした絶対に存在しない物体じゃない?とか思ったけど、ちょっと距離あるから聞き間違えただけだ。
頑張るよ!その代わり我輩に奥州をってのは忘れないでおくれよー!とドップラー効果を残し去っていく黄緑な紳士を、爽やか全開の笑顔で見送る家康にちょっとばかり背筋が冷えた、―――なんてことはない。

よし、と入れた気合いと、忠勝さんにしがみ付いたまま出したこの一歩。
それをどうしよう。
とりあえず向こうの問題は解決したようなので、お茶続行でもいいんだろうか。
ううむ、と唸ったところで、ぐるりとあたりを見渡した家康の視線がピタっとこちらへと据えられる。

「なんだ、こんなとこにいたのか」

にこりと嬉しそうな微笑みを浮かべる顔は爽やかそのもので。
軽やかにこちらに駆け寄ってくる姿もいつもの好青年のもの。
ほっとすればいいのか、それともお疲れと労わればいいのか。
一部始終を見てしまった手前どうしたらいいのかちょっとばかり悩みつつもにこにこ笑顔で駆け寄ってくる家康に挨拶代わりに右手をあげた瞬間、


「ああ、しまった!燕の子安貝にすればよかったか!」


と叫ばれ、それ何に使う気だ?と突っ込む前にライトセーバーあったら握らせてみたい、と思ったのは間違いじゃない、はず。





2013.2.10
 

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