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□dress up in love(10)
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「…………ん?」
それは銀時がまだ高校生だった頃。吉田松陽のデザイン事務所に通うようになってすぐのことだった。
整頓された師匠のディスクに乗せられた数枚のデザイン画を目にした銀時は思わず首を傾げた。
「どうしました、銀時」
「先生…これって、先月依頼されたウエディングドレスだよな」
「そうですが、それが何か?」
「……何か、っていうか」
自分はまだデザインを勉強しはじめたばかりの身。自分を拾ってくれた恩人である師匠に意見するのは早い気もするが言わずにはいられなかった。
「これって、これで完成なのか?」
これ、とは師匠の描いたウエディングドレスのデザイン画。
マーメイド型のドレスだが普通のマーメイドよりもトレーンが長く、本当に人魚の尾ひれのようだ。
袖や肩がない、胸を覆うだけのビスチェと呼ばれる形だが、本来、胸にフィットしている生地が少しだけ反り返っていた。百合の花弁のように見えるのが特徴的だ。
生地はサテン。シルクやシュフォンよりもハリがあり、その重厚な白は美しいの一言に尽きる。
だが。
「………これだけ?」
確かに美しいウエディングドレスだが、それが世界屈指の有名デザイナー、吉田松陽の作品といわれると、どうしても物足りなさを感じてしまった。
ウエディングドレスといえば衣類の花形。人生のセレモニー。
それなのに、せっかくの有名デザイナーの吉田松陽のブランドが、こんな良く言えばシンプル、悪く言えば地味なドレスであっては依頼人に不快に思われないだろうか。
「これに小さいダイヤを80個ほど螺旋状に縫い込みます。
それから髪留めとセットのシルクのベール。ベールは後ろを3段フリルにして、マーメイドドレスと相俟ってヒレのように見えるのです。
ドレスがシンプルだからといって手抜きをしたつもりはありませんよ」
先生の言葉に、なるほど、と頷いてはみたが当時の銀時は若かった。
その感覚はデザインを知らない一般人に近かっただろう。
デザイナーが作るべきは他に類を見ない個性的で斬新なデザインであり、個性や斬新さは装飾や色彩の『派手さ』であるという、浅はかさと青臭さとがあった。
松陽は、薄く笑いながら未熟で可愛い愛弟子の銀色の頭を少し撫でてから諭すように語る。
◇