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□欠片
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夜だ。

あぁ夜だ。





細胞の1つ1つが凍りつき、冷えた睫毛が震え、心臓がギチギチと軋むほどに冷たい夜だ。






闇だ。

あぁ闇だ。





どっしりとした濃灰色の雲に覆われた空の端に、少しだけ欠けた月が張り付いている暗い闇だ。






「傷付いた日から、それほど月が満ちたのか……」







夜だ。

闇だ。

全ての生き物が息を殺して、何かを待っている裏側の時分。

さて、あの人は何を待っているのだろう。






見つからない母だろうか。

押し潰された家だろうか。

喉を潤す水だろうか。

平穏だった昨日だろうか。

灯火だろうか。

温もりだろうか。





どうやら、この暗がりで寒さに耐えながら、それらが自ら帰ってくるのを(あるいは時間が戻してくれるのを)いつまでも待っているようなのだ。







いつものように、待っているようなのだ。






しかし私の求めるものは、いくら待っても帰ってはこない。

だので私は、まだ満ちぬ銀盃の小さな光源を頼りに、手探りでそれを探しはじめた。






私は欠片を探している。

私の欠片を探している。






しかし心配はいらない。

粉々になって飛散した欠片はキラキラと月光を反射しながら、すぐに見つかった。






友の口から溢れてきた。

ふいに点けたラヂオから流れてきた。

葉書の隅に添えられていた。

買い物をしていたら棚に並んでいた。







私は、それらの欠片を丁寧に拾い集め、なくさないようにポケットにしまった。






【諦めるな】
【信じて】
【必ず助かる】
【前に進め】






ポケットにいれた欠片が火照りながら、そう呟くので、私は冷たい夜も暗い闇も、怖くはなくなった。






数億秒の時間が過ぎると起き出した人が騒ぎはじめた。

そこかしこで、ひそひそと欠片が瞬きだす。






いやいや全く困ったものだ。

私の欠片は海さえ越えて、小さな国の教会で蝋燭にともる、橙色の火になっていた。

全部集めるのは大変そうだ。

しかし、私のほかにも欠片を集めている人がいるそうで、1つにまとめて送ってくれると言っていた。

きっと、すぐに戻ってくるだろう。










東の山々の合間から、いっそう強く輝いた欠片が昇りはじめる。

あれほど冷たかった夜がぬるくなり、あれほど暗かった闇が青白くとけていった。









朝だ。

光だ。








【大丈夫】






私の中から、小さな欠片がホロリと落ちた。








しかし、この欠片は私のではない。

いつか誰かが落としたものが奥歯に引っ掛かっていたらしい。







持ち主が見つかったら返すことにしよう。

私は誰かの欠片をポケットにしまった。





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