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□a toast to dear
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「新人の土方十四郎です。よろしくお願いします」
そう言って俺は会釈をした。
着なれないスーツ。普段なら絶対に袖を通さないであろう派手なシャツを着て。
顔をあげれば俺と同じような格好の男たちが拍手をしていた。
……まるで孔雀だ。
派手に着飾り、伊達に振る舞い、異性の目を惹こうと躍起になっている飛べない鳥。
「………ハァ…」
俺は誰にもバレないようにため息を吐いた。
その時だ。
「やはり私の目に狂いはなかったようだ。以前の作業着姿も野性的でよかったですが、こうしてスーツを着ると大輪の花のようですね」
ホストクラブ【高天ヶ原】店長兼No1ホストの本城狂四郎が話しかけたきた。念願が叶ったらしい彼の完全な笑顔を見ると、頬の筋肉がヒクリと痙攣したのが自分で分かる。
………こんなつもりじゃなかったのに。
ホストになるつもりなんか微塵もなかったのに。
否。
我慢しろ。彼に借りを返すことができればホストなど辞めて日常を取り戻せる。
そう自分に言い聞かせながら「よろしくお願いします」と狂四郎さんに会釈をする俺を同僚となったホストたちが睨む。
No1のお気に入りなんて最初からやりにくいポジションだ。
これから俺は、この身に覚えのない嫉妬にも耐えなければならないのか。
自分の沸点の低さを自覚しているだけに、耐えられる自信がない。
いっそ派手に喧嘩をしてしまえばホストなんかしなくてすむだろうかと、チラリと思ったが、もしも喧嘩をしたらホストを辞めるのは喧嘩に負けた方だろう。
ホストを続けたいとは思わないが喧嘩に負けるのは死んでも御免だ。
狂四郎さんの言うホストの頂点に興味はないが、干されない程度に稼いで借りを返す。
そのためには喧嘩は得策でない。謙虚な姿勢で、コウモリのように中庸を立ち回るのが最良だろう。
そう決めて俺は再度、自分に言い聞かせた。
………我慢しろ。
◇