日和
□みず
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ぱしゃん。
撥ねた水は、反射して、きらきらと輝くのを見て、なんだか彼みたいだ。
芭蕉さん。
静かに目を閉じる。
瞼の裏の真っ黒な世界でも、蝉の音と、風は止まない。
ぱしゃん。
ぱしゃん。
『ねぇ、曽良くん!!またどっかに行きたいね!」
ぱしゃん。
はい。
僕も、そう思っていました。
でも。
ぱしゃん。
気がつけば、僕の何時もの白に青のあの服装が黒い喪服に変わっていた。
身長だって、今よりずっと小さい。
手も。
足も。
視界は、黒い。
他の感覚の情報は、線香の匂いとたくさんの足音。
ふっ、と視界が開く。
たくさんの人。
僕を見て、何故か泣いている。
どうして?
そして、しばらくしてから気づいた。
これは、両親の葬式だ。
顔の見えない人間達が、口々に僕を哀れむ。
一人の人間が近づいてきて、僕に言う。
どうやらそれは、母方の叔母らしく、内容はこんなに小さいのに両親共にいなくなってしまって、可哀想にうちに来なさい、というものだった。
また、場面が変わると、同じ空間だった。
嗚呼、今度は叔母の葬式か。
夢なのだかよく分からないそれは、断片的に、しかし年代を律儀に辿って映像と化す。
血の匂いの其処には、懐かしく思う友がいた。
神道を習っている、僕がいた。
座布団が、数枚。
僕は、其処に座る。
周りの人間も同い年くらいで、隣の男が少し年上のようだった。
どうやら初めて参加した句会らしい。
「あぁ、君、初めて見る人だね!名前はなんて言うの?」
「河合曽良です。」
「曽良くんね!私はあれだ、此処の師匠やってるんだけど」
「芭蕉さん、ですよね」
「そうそう!先に言われちゃったよ!」
あっははは、と笑う彼に種類の分からない苛立ちと僅かな愛しさが芽生える。
この人は変だ
そういえばそれが、芭蕉さんの第一印象だ。
その時から、僕の中の鉛は溶け出す。
生まれてきたことは恥だと思った。
結局皆、いなくなってしまうから、それが怖くて、距離を置いていた。
壁を、牢獄を、作っていた。
彼はそれを簡単に壊してしまった。
彼が笑う
泣く
喚く
その度に煩わしいと思ったが、その時ほど人間であることに有難味を感じたのは無いだろう。
生まれてきたことも善かったかな、と思えた。
いなくなってしまうのも、受け入れた、気がした。
壁や、牢獄は、もう跡形も無い。
彼がいたから。
いつだってつめたい僕を溶かす、太陽のような貴方。
日は、沈んだ。
ぱしゃん。
はっ、と目をさますと、芭蕉さんの墓の前に立っていた。
白昼夢か。
この、無機質な石のしたに、貴方はいるのだろう。
がん、と足を地に叩きつける。
悲鳴は聞こえない。
泣き声も聞こえない。
雲は淀んで、地上まで光は届かない。
青いはずの空は、今は見えない。
誰も、失いたくはなかった。