たからもの
□蜘蛛の糸
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蜘蛛の糸
「後悔してる…?」
涙が同じ温もりのまま、シャワーの雫に混じって落ちた。
その表情に、ドキリ、とした。
感情なんて忘れてしまったかのように、表情がない。
兄は、ふと、視線だけをあげて僕を見た。
その目には、輝きがもどっていて、口は濡れて妖艶に光った…。
その唇は、綺麗に釣り上げられて。
違う意味で、どきり、とする。
「そんなわけ、ないだろ」
ああ…
…罠にはめられたのかもしれない。
必死で、彼を自分の物にしたけれど、本当は蜘蛛のように糸(わな)を張っていたのは、兄のほう。それにまんまと引っ掛かる、蝶は――僕だ。
細い両腕を、首に巻かれて、くらくらとその芳香に酔い、そして、毒に中てられる。
必死に、しがみつくように抱きしめて。
夢中になった肌が、今も僕の中にある。
「どこにも行かないでね。ここにいて」
「それは、オレのセリフだろ」
そう笑った兄の顔が、昔と同じ笑顔で、ほっとする。
「なあ、アル…」
「うん」
そ、と耳朶に囁く、甘い毒。
「…アイシテル」
下肢から流れおちる、白濁したそれが、シャワーと共に流線を描く。
まるで、役目を終えた糸のようだ。
そして、その蜘蛛の糸は、また、張り巡らされて、僕は、何度も囚われるのだ。
――僕は、地獄に堕ちる。
これほどまでに、甘美な地獄を抜け出す術は、ないだろう。
終