Chocolate Candy2

私は静かに鍵をかけた
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「バイトをしようと思う」

ゆっくりとそう告げれば、
ユウジお兄ちゃんの
眉間に深く皺が寄った。

そんな表情をしていてもなお
ユウジお兄ちゃんはやっぱり
すごく綺麗でぼんやりと只
眺めていると長い沈黙の末、
ユウジお兄ちゃんは
搾り出すように呟いた。

「何か、欲しい物でもあるの?」


欲しいもの。欲しいもの、
考えてみれば西園寺家に
来てから物欲というものが
ほとんどなくなってしまって
いたことに気が付いた。

そう、お金で買えるような
“欲しいもの”は全部
自らの手の中にあるのに、
私はいつもどこか物足りなくて
いつも何かを渇望していた。
人間の欲というのは果てがない
というのは本当かもしれない。

私が静かに首を横へ振れば
彼の綺麗な顔がくしゃり、と
哀しそうに歪んだ。


「じゃあ、なんで、」


感情を押し殺すみたいに
ユウジお兄ちゃんは
すごく小さな声で問うた。

それを聴きながら私は唇の奥で
いじわる、と音も無しに呟く。

本当は気付いている癖に。
兄妹愛と呼ぶには不純な形で
私が貴方を好きなこと。

本当は知っている癖に。
スミレさんとの結婚が近づいて
少し騒がしいこの家に
私が居たくないってこと。

本当はわかっている癖に。
時折交わる、貴方の
少し哀しげで少し熱っぽい
視線の理由に気付きたく
ないからだってこと。


何も言わずに黙っていると
彼は静かに「わかった、」
と一言つぶやいた。

お互いに気付いているんだ。
この想いが何にも
ならないってことくらい。

だから


私は静かに鍵をかけた
(望んだら最後、きっと
戻れなくなってしまうから)




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