Chocolate Candy

チョコレイト・プール
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チョコレートなんて嫌いだ。
別に味が嫌いな訳じゃない。
むしろ味は好きだ。

じゃあ、なぜかって?
そんなの決まっている。

生徒会長を務めていて
完璧主義の某双子の兄だとか
紳士だと女子の間で人気の
サッカー部エースの某親友とか
手強いライバルを蹴落として
何とか手に入れたアイツの心を
一瞬で持ち去ってしまうから。

ふたりでカフェなんか
入ろうもんならもうひどい。

出てきたチョコケーキを
暫く嬉しそうに眺め
(時に写メを撮ったりも
してるが、ケーキなんぞ
撮って何になるんだか
俺にはさっぱりわからねえ)
形を崩さないよう、そっと
フォークを突き刺して食べる。

もちろんこの間、無言だ。

最初の頃は俺もいろいろ
話しかけたりしていたけれども
生返事しか返ってこない
ばかりかしまいには
「うるさい! ケーキを
食べてるときはケーキに
集中しないとケーキに
失礼でしょ!」なんて理不尽な
怒りをぶつけられるので最近は
黙っていることにしている。

まあ「俺と一緒にいながら
俺をないがしろにしてるのは
俺に失礼じゃねえのか」等と
勿論思わなくもねえが
ケーキを食べているアイツが
あんまりにも可愛い顔を
するもんだからそれに
免じて黙っている。

そう、だから思ったんだ。

チョコレートが大好きな
アイツへ明日のバレンタインに
チョコレートをあげたら
きっと喜ぶんじゃないかって。

そう、思ったんだけど。


「だーっ、もー! なにがなんで、膨らまねえんだ!」


少し乱雑にキッチン台へと
ボウルを投げ置けば
がっしゃん、ごんっ
必要以上に派手な音を奏でて
ぐらん ぐらん と
不安定な円を描いた。

同じぼーるの癖して
ボウルの方はなかなか友達に
なってくれる気配がしねえ。
俺は思わずため息を零した。

目の前にあるのはミットと
最早3個目の失敗作。
既にこの甘ったるい味には
とっくに飽きが来てるし、
何よりまったく美味くねえが
捨てちまうのも気が引ける。

仕方なく口に放り込めばそれは
熱さで甘みが増してるくせに
焦げたチョコレートから
何ともいえない苦味も感じる。
口当たりもぱさぱさとしていて
はっきり言って不味い。
けれども残すわけにもいかず
俺は残った分を一気に
口へと放り込んだ。

…正直、向いてない、と思う。

3個目だというのにこの
失敗作にはまったくといって
いいほど進歩の影が見えない。

失敗の原因はわかっている。
ケーキや菓子作りに必要な
きちんとした計量や手順
どおりの作業がどうしても
面倒臭くて苛々して途中で
適当にしてしまうのだ。
そう、原因はわかっているが
かといってハイ、そーですか
なんてすぐできるもんでもなく
失敗作はどんどん増えていく。

あきらめようか。

諦めて、世間の他の男子と
同じようにアイツからの
チョコをただ待っていようか。

そんなことが頭を掠める。
というか、さっきから
何度も頭をよぎっていた。
けれども、そんなとき
思い浮かぶのはアイツの
あの満面で、極上の笑み。

あの、天使みたいな最高に
かわいい笑みを、見たい。
自分で、作り出したい。

のに、

キッチン台に再び視線を戻す。
目の前に広がるのは粉や
チョコが無残にも飛び散り
元の整然とした雰囲気は
欠片たりとも残っていない
一種の修羅場の如き光景。
思わず零れるため息を
そのままに俺はずるずると
崩れ落ちるようにキッチン
台の下にしゃがみ込んだ。


「……なんだかなぁ、」


苛立つ気持ちと、沈む心と、
……何だかぐちゃぐちゃだ。
ただひたすらもやもやして
自分の頭をがしがしと思い切り
かき混ぜ、掻き乱した。ら、


「……なにが?」


頭上から、声。
聞こえるはずのない、声。
思わず顔を上げれば
きょとんとした可愛らしい
丸い瞳と目が合った。


「お、まっ、な、なんで…!」

「なんで、って。……それはこっちの台詞なんですけど」


「……え? あ、」


考えてみればそうだ。
明日はバレンタイン。
コイツが俺にチョコを作ろうと
してくれていたとしても
なんら不思議ではない。
むしろ俺がキッチンにいる方が
大分不自然だ。てかおかしい。


「…別に、何だっていいだろ」


それらしい理由をとっさに
口に出せるほど器用ではなくて
思わず飛び出たのは
誤魔化しにもならない
ような言葉だった。

考えてみりゃあ、同じ家に
住んでんだからキッチンで
鉢合わせることだって
考えられたことなのに
何故かそこに考えが至らず
言い訳一つ考えてなかった。

そんな自分の間抜けさも
悟られただろうこの現状も
急に恥ずかしくなってきた。
顔に熱を感じる。あつい。

思わず膝の間に顔を埋めれば
ぽんぽん と心地よい振動。
顔を上げろ、ってたぶん
そう言う合図だろーけど、
でも上げない。というより
上げられねえで、ひたすら
床を見つめているとアイツは
何か悟ったのか、よしよしと
子供をあやすかのように
優しく俺の頭を撫でた。


「世間は、逆チョコがブームらしいね」

「……へー」


「私、逆チョコってもらったことないんだよねー」

「……ふーん」


「私、チョコ好きだし、ちょっと羨ましいんだよねー」

「……ほー、」



まったくコイツは何が
言いたいんだろうか。
彼女の意図が掴めなくて
思わずゆるゆると顔を上げれば
まんまえ、アイツの顔。

キスを思わせるような近距離に
つい心臓が飛び跳ねたけれど
アイツはふわり、と微笑んだ。


「明日、さ、一緒にケーキつくろうよ」

「……は?」


「だ・か・ら! 明日はバレンタインでしょ? 私は雅弥くんにチョコをあげたいけど、チョコは大好物だし? 世間の風潮は逆チョコじゃない? だから、……だめ?」


小首をちょこんと傾げて
こちらを見つめるアイツ。

コイツは、いつもこうなんだ。

わがままを言う振りをして
いつも俺や周りを気遣う。
自由気侭に振舞っているようで
俺のやりてえこととかを
きちんと汲み取ってくれる。
俺のちっぽけで傷つきやすい
プライドを尊重してくれる。

アイツの掌で転がされてる
つったら、たしかに
そうなのかもしれねえ。
でもそれが嫌じゃねえのは
やっぱり、きっと、
コイツを好きで仕方ねえから、
なんだろうな。


「……しゃーねーな、」


俺がしぶしぶといった風に
答えるとアイツは少し
満足げににこり、と笑んだ。


「出来上がったら、あーんしてあげるね」

「ハイハイ」


「なによー、嫌なの?」

「……ちげーよ」


「ふふふっ。じゃあ、ここ、とりあえず片付けちゃおっか」

「……つーか、明日休みだし、このまま作った方よくね?」


今日一旦片付けて明日また
道具を出してまた片付ける
とか正直、面倒くさい。
それなら……と思って
提案してみたんだけれど。


「……今日は、ダメ」

「え? でもよー、これから作れば日が変わる前には……」


「……今日は、やなの」

「でも、面倒じゃ……」


目が合って続ける言葉を失う。
アイツの顔が、真っ赤だ。
どうしたんだろう、と
半ば呆然と見つめていると
アイツは暫く目を泳がせて
少し言い淀むと閉口して。
あ、と思った次の瞬間には
彼女の口が掠めるように
過ぎっていった。


「…………、」

「……今日は、チョコよりも、雅弥くんが、いい」


俺はコイツの掌の中で
転がされていると思っていた。
結局のところ、いつも俺は
コイツには勝てない。

でも、きっとそれは、
俺だけじゃなくて。
コイツもきっとおなじなんだ。
お互いがお互いにおぼれてる。
端から見たらきっと
さぞ滑稽なんだろう。
けれども、なんか悪くない。


(まぁ、とはいっても……)


あれは反則だ。可愛すぎる。
今日も結局のところ俺の負け。
でも許す。許してやろう。
だって可愛いだろ。あんなの。

顔に熱が集中するのを
感じながら俺はアイツに
甘い甘いキスを落とした。



チョコレイト・プール
(でも、今日はチョコよりも
あなたに溺れさせて)





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