Chocolate Candy

青い恋
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(!兄妹設定じゃありません)
(!ヒロインクラスメイト設定)






かり かり かり

静かな教室に鉛筆の音だけが
やけに大きく響いた。
今日は放課後特有の喧騒が
妙に遠く聞こえる。

目の前の日誌に集中してる
“ふり”をしてずっと口を
閉ざしている私はもしかしたら
ずるいのかもしれない。

でも今は彼と教室にふたりきり
というこのシチュエーションに
まったく慣れなくって。
心臓がばくばくと騒がしくて
頭がびっくりするほど真っ白で
いつもの世間話でさえ
一向に喋れる気がしない。

だから下手に喋ってボロを
出すよりは……なんて。

ずるくて臆病な私はひたすら
目の前の空欄を埋める作業に
打ち込むほかなかったのだ。


「……なぁ、」

「うん?」


「俺、何かすることあるか?」

「え……?」


「なんか……忘れてたとはいえ、今日一日ほとんど日直の仕事、お前に任せちゃっただろ? 日誌も書かせちゃってるし。だから……なんかあるかなって思った、だけ」

「……別に、いいのに」


忘れちゃってたことは
仕方がないし。というか
私が彼を好きだと認識してから
まともに目も合わせられない
この状況で一緒に日直なんて
どうしたらいいだろう……とか
考えてたものだから。

彼を忘れているのに気付きつつ
ほっとしたような
でも少し残念なような心地で
敢えてそれを伝えなかった私も
非があるのは間違いない。


「あ、それに、さっき、黒板消すの手伝ってもらったし」

「……そんなん、当たり前だろ。つーか、お前ちっちゃくて届かねぇだろ」


「あっ、バカにした! 女の子はこれくらいの方がかわいいんですー」

「はいはい」

「もー!」


あ、自然。かもしれない。
思わず嬉しくなって
彼を見上げればゆるりと
口元を持ち上げたひどく
大人びた表情で微笑んでいた。


「…………」


いつもの元気で少年らしい
彼からは想像もつかない。
こんな顔もするんだ。
どきん、また心臓が跳ねた。


「あ、あのさっ、もうすぐ、日誌、書き終わるから、雅弥くん、部活、行っていいよ!」


もっと一緒にいたい、
話したいと思う気持ちの一方で
ばくばくと煩い心臓の音が
恥ずかしくて、耐え切れなくて
思わず目を逸らした。


「日誌、私が先生に出しておくからさ」


自分で言って、何だか
気持ちが少しだけ、沈んだ。

そう、彼にとっては
たまたま一緒になった
日直のクラスメイトに
付き添ってるより
部活でサッカーボールを
相手にしているほうがずっと
有意義で楽しい時間なのだ。

そんなの当たり前だけど
でも当たり前すぎて
心がちょっと重くなった。


「……いや、」

「え?」


「終わるまで、待ってる」

「え、ほんと、いいよ? 他にすることもないし、大丈夫だよ?」

「へーきだって! 近くに試合もねえし」


にっ、と快活に笑う彼。
「……ありがとう」と
私なりに可愛らしく
言ったつもりだったけど
口から零れた声は存外に
素っ気無いそれで少し
落ち込んだけれども

「……別に」なんて返す
雅弥くんの頬は夕陽の
せいではなしにほんのりと
赤くなっているようだった。

それは特別な意味合いを
持つものじゃないにしても
私と向き合って私と話して
そして私だけがそれをいま、
独占している、と考えたら
すこし、気分がよかった。

けれどもそんな傲慢な心を
知られたくなくて私は
慌てて問いを発した。


「……ねえ、部活楽しい?」

「え?」


「や、なんとなく。深い意味はないんだけど」

「ふーん? ……まぁ、部活は楽しいよ」


「そっか」

「つーか、あれだな! 俺は部活しに学校に来てるようなもんだから」


「あ。雅弥くん、プロ目指してるんだっけ?」

「まぁな! ……まぁ、簡単じゃねえってわかってっけど、でも、目指さずにはいられない、っていうか……やっぱ俺、サッカー好きだからさ」


にかっと笑ってきらきらとした
夢を語る雅弥くんは私の目を
まっすぐに見ていたけれども
でも瞳に映っているのは
私じゃなくどこか遠くだった。

ああ、とおいひとだ。
きっと彼はすぐに手の届かない
とおいひとになる。
胸中をよぎったそんな予感と
いうより確信に似たものから
私は瞬きと共に目を逸らした。


「……なんだか素敵だね」


心からの言葉だった。
お世辞抜き贔屓目なしの
ほんとうの気持ち。

彼は少し照れくさそうに
居心地が悪そうに頭を掻くと
ひょいっと視線を逸らして
私に問いかけた。


「……お前は、何かないの?」

「え?」


「夢とか、やりたいこととか」

「私は……特にないかなぁ」


幼い頃はケーキ屋さんだとか
お花屋さんだとか言ってた
気がするけれども考えてみれば
夢、という夢なんて
今まで抱いたこともない。


「……なんとなく高校に入って、なんとなく勉強して、なんとなく毎日を過ごして……なんのために、学校に、来てるんだろうね」


そう言って、はは、軽く笑う。
言葉に別に深い意味はなくて
思ったことを何の気なしに
口に出しただけだった。

それから雅弥くんは口を閉ざし
少し何かを考えている
ようだったから私はその間に
日誌の空欄を黙々埋めていると
「なあ」、声がした。


「うん?」

「あのさ、」

「うん」


「俺に、会いに来いよ」

「……え?」


雅弥くんの話は
突拍子もなさ過ぎて
何を言っているのか
さっぱりわからない。
思わずきょとんとしていると
雅弥くんは顔を真っ赤にして
でもまっすぐに私を見て
言葉の先をつむいだ。


「お前は学校に来る目的がないんだろ?」

「え、ああ…まぁ、そうだね」


「だったら、俺に、会いに来いよ」

「……え?」


「俺に会いに、学校に来い」

「…………」


「だから、学校、来ねえとか、言うなよ」

「……あの、」

「……ん?」


「別に、学校行かないとか、そういう意味で言ったんじゃなかったんだよ?」

「……へ?」


「なんのために来てるのかな、とは思ったけど、とりあえず卒業もしたいし、大学にも一応行きたいし」

「…………」


「雅弥くんみたいな夢とか、ないけど、もし夢が見つかったときに学歴がないのが足枷になるとか嫌だし……」

「……――なんだよ〜〜ッ!」


ごつん、鈍い音がして
雅弥くんが机に突っ伏す。
顔は机の下に隠れたけど
隠し切れない耳元が、赤い。


「……学校来ねえとか、言い出すかと思って、すげえ焦った」

「あの、……ごめんね?」

「ったく……紛らわしいこと言うなっつーの!」


がしがしと突っ伏したまま
頭を掻く雅弥くんは何だか
可愛らしくって。
くすくすと笑ってしまう。
でもそれは可笑しい、
というよりうれしい、のだ。

私のために、本気で
ことばを考えてくれたこと。
私のために、慣れないことを
言ってくれたこと。
すべてが、うれしい。


「……ありがとう」

「……別に、」


雅弥くんは顔を上げて
拗ねたようにそっぽを向く。
……かわいい。
何だかほんのすこしだけ、
雅弥くんに近づけた気がする。
思わず笑みが零れた。


「あの、」

「ん?」


「私、学校に来るよ」

「……大学に行くために、だろ?」


「じゃ、なくて。雅弥くんに、会いに。来るよ」

「…………」


「なんとなく、じゃなくて、雅弥くんに会うために、学校に来るよ」

「……おう、」


雅弥くんは視線を窓の方に
向けたまま短く答えた。
それは少しそっけなく
響いたけれど彼の柔らかな
チョコレート・ブラウンの
髪から覗く耳はひどく赤い。

ふと窓の外を眺めれば
橙色の夕陽は随分と落ちて
空は今日が終わる準備を
ひそやかに始めていた。

きっと明日は晴れる。
わからないけれど
きっとそんな気がする。

私はまだ来ぬ明日に
想いを馳せながら
日誌をばたん、と閉じた。


青い恋
(きっと明日は何かが
違う、あした)




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