Chocolate Candy

嘘吐き少年少女
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土曜日の夜、雅弥君の部屋。
いつもはくだらない
言い合いなんかしながら
騒がしく過ごしている
この時間だけれども、
今夜はずっと静まり返って。
雅弥くんが落ち着かない様子で
転がすサッカーボールの音が
響いているだけだった。
まぁ、もっともその緊迫した
雰囲気は私が意図的に
作り出したものなのだけれど。
私は尖った唇をゆっくり開く。


「ばーか」

「…………」


「ばかばかばかばか」

「…………」


「雅弥くんのばーか!」

「……そんな何回も言わなくてもいいだろ」


今までずっと沈黙で応えていた
雅弥くんだったけれども
幾度も繰り返されるそれに
いい加減飽きてきたらしい。

少し面倒くさそうな返事に
私の苛立ちメーターは
またひとつ跳ね上がる。
けれどそれは声を荒げる
ほどには達していなくて
私はまた唇を尖らせて
彼の手から零れたボールを
思いっきり蹴り飛ばした。


「……じゃあ、うそつき」

「……おい、」


まだ続ける気か、とでも
言うような呆れ顔。
私はそれを見ない振りして
言葉を続ける。


「……遊園地、ずーっと前から楽しみにしてたのに」

「……悪い」


流石に悪いと思ってるみたいで
その言葉を放てばいかにも
痛いところを突かれたように
ぐ、と言葉を飲み込んで
項垂れる雅弥くん。
私はそんな彼に畳み掛けるよう
拗ねた言葉を浴びせる。


「雅弥くんのうそつき、」

「……そんなに拗ねるなよ」


今度は宥めるように
雅弥くんは私に声をかける。
でもそれが逆に私の神経を
逆なでしているなんて
彼はきっとまったく
気付いてないんだろう。


「……拗ねたくもなるよ! だって、1回や2回ならまだわかるけど、5回目のドタキャンとか……むしろ今までよく我慢してきたほうだと思うんだけど」

「……悪い」


「しかも理由が急な部活ならまだわかるけど……先に巧くんと約束してたの忘れてたとか、そういうのばっかりじゃない!」

「……だって、そんな先の予定とか覚え切れねぇよ」


「それなら手帳つけるなり、御堂さんに言っとくなり、対策立てておけばいいでしょ! ばかっ!」

「……ばかばか言いすぎだろ」


「じゃー、うそつき! そうやって嘘ばっかりついてると、羊飼いの少年みたいにいつか狼食べられちゃうんだから!」

「……はぁ、羊飼いの少年?」


「知らないの? 狼が来たって嘘吐いて村人に悪戯ばかりしてたら、本当に狼が来たときに信じてもらえなくて、狼に食べられちゃったって話」

「あー……、なんか聞いたことある」


雅弥くんは記憶を辿るように
目線をゆるりと巡らせる。
少しその目元が懐かしそうに
緩んだのは何か素敵な、
幼い記憶があるからなのかな。
雅季くんやお兄ちゃんたちと
この物語を読んだりしたことが
あるのかもしれない。

でも欲張りでわがままな私は
せめて一緒にいるときは
他のことを考えないでほしい、
私のことだけで頭を一杯に
してほしいだなんて
(もちろんそんなの無理に
決まってるんだけれども)
つい思ってしまうんだ。

でもきっとこんなこと
考えてるのは私だけで、
こんなに雅弥くんで頭の中が
いっぱいなのも私だけで。
そんな私にできる少しの反撃は
拗ねた言葉をかけるくらいだ。


「……狼少年」

「……うっせ」


「……狼に食べられちゃえ」

「……じゃー、仮に俺がそいつだとするなら、狼って誰だよ」


「…………」

「…………」


「……わたし?」

「……、ふぅん?」


「……なによ、」

「……別に? 狼にしてはまったく迫力ねぇなぁって思って」


「はぁ!?」

「だってそうだろ? じゃー、お前、一体何できんだよ」


「…………」

「…………」


「……噛み付く、とか?」

「……へぇ?」


「あっ、鼻で笑ったでしょ!」

「別にー?」


「あーもうっ、怒った! 噛み付いてやるっ」

「ふぅん、やってみろよ?」

「言ったね? 後悔させてやる、」


「…………」

「…………」


「…………」

「……早くしろよ、」


「……う、うるさいな。いま、徒競走でいうとこの助走中なの!」

「……ふぅん?」


「…………」

「…………」


「…………」

「……何、緊張してんの?」


「ちっ、ちが……!」

「うそつき」


「ちがっ、」

「……そう言いながら、顔真っ赤だけど?」


「そんなこと……!」

「うそつきは狼に食べられちゃうんだっけ?」


「うそつきじゃないもん…っ」

「……じゃあ、早くしろよ」

「い、言われなくても……!」


「……5、」

「ちょっ……!」


「4、……3、」

「待って待って待ってッ!」


「2。……ほら、早くしないと、狼に食われちまうぜ?」

「えええ!」


「1……、」

「……ちょちょちょちょっと待ってよ!」


「ゼロ、ざんねん。時間切れ」

「……えっ、ちょ、待っ」

「……待たない」



嘘吐き少年少女
(てか、嘘の量で言ったら
ぜってぇお前のが多いけどな)
(どこが……!)
(嫌だ嫌だ言いながら本当は
ちょっと期待してるだろ?)
(……〜〜!)




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