Chocolate Candy

Happy Birthday Morning!
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かちゃ かちゃ かちゃ


遠くから音がする。
食器の擦れる音だ。



かちゃ かちゃ


耳に入るその音は
よく聴き慣れた、
規則正しいそれとは異なって
どこか危なげに聴こえる。


そう、例えば自らが
この仕事を目指して
間もない頃に
立てていたような、

もしくは研修中のメイドが
奏でるような、

手慣れていない、
ぎこちのない音だ。


夢かもしれない。

しかし夢にしては
やけにリアリティのある
不安定な音だとも、思う。



(……なんの、音だろう)



まだ睡魔の優しい誘惑に
未練を残す瞼を
ゆっくりゆっくりと
押し上げる。

睫の隙間から
差し込む陽光が眩しい。

少し汗ばんだ肌を
そよそよと掠めるのは
爽やかな朝風。

まだ少し暑さが残るとはいえ
その風には微かに
秋の香りが潜んでいた。



(……あさ、だ)



僅かに開けた視界からは
何の異常も変化もない。

いつも通りの朝だ。

やはり先程の音は
夢だったのかもしれない。


だとすれば、



(……もう少し、寝たい)



今日は久方ぶりの休日。

ご子息やお嬢様が
屋敷にいる時間の長かった
夏休み期間に
取れなかった休みを
今纏めて取る形になったのだ。

遅い夏休みといった
ところだろうか。


時計にちらりと視線をやって
再びシーツに顔を埋める。

するとやはり
あの音が耳を掠める。


かちゃ かちゃ かちゃ


控えめながらも
確かに聞こえる、それ。

大きな音でもなければ
けして耳障りというわけでも
ないけれども

妙に耳に残って
再び眠りに落ちることを
許してくれない。

けれども完全に起きるにも
瞼はなかなかに重たくて
それすらも叶わない。

目を開ける代わりに
私はその音に意識を傾けた。




かちゃ かちゃ


…………


かちゃ


……………………


…… みゃぁ、



「…しぃ、 ごめんね。ミュウ、静かにお願いね?」



聞こえたその声は
聞こえるはずのない声で。

反射的にがばっと
一気に起き上がった。



「……お嬢様!?」



寝惚け眼をかっと見開くと
目の前には
何やらカートを引くお嬢様と
足下にすり寄るミュウ。



「あっ、すいません。起こしちゃいましたね」

「いえ……」



これこそ夢だろうかと
疑うような光景。

しかし何度瞬きをすれど
その幻影は消えることなく
むしろ瞬きの度に
リアリティを増すこの様子に
頭がくらりとした。



「……お嬢様、学校は……」

「大丈夫です。今日は早起きしたんで!」



ぐ、っと力拳を見せる彼女。
再度時計に視線をやれば
確かに登校には早い時間だ。

まだぼんやりとする頭で
必死に状況を整理するが
何も答えは出るはずもなく、

いろんな言葉が
押し寄せるのをせき止めて、
ゆっくりと口を開いた。



「……お嬢様、いったい、なにを……」



合い鍵を持つ彼女が
この部屋を訪れることは
今までも幾度かあった。

けれどもこんな朝早くの
訪問は一度もない。

というよりも朝が苦手な
彼女がこの時間に準備を
整えていること自体、珍しく
呆然と彼女を見やると
彼女はにこり、と微笑んだ。



「お誕生日、おめでとうございます」

「………え」



誕生日?

携帯の画面を
慌てて開くと液晶は
“9月2日”を示していた。

言われて考えてみれば
確かに今日は誕生日だ。

頭からすっかり
消え失せていたこの日を
思い起こして確認すると
彼女とばちり、と目が合った。



「誰よりも先に、いいたかったんです」



嬉しそうに、
心から嬉しそうに、呟く彼女。

誕生日に今更とりたてた感情は
沸いては来ないのだけれども

それでも彼女のはにかむような
その笑顔を見ると幸せだ、と
しみじみ実感する。



「ありがとう、ございます」



何故か掠れた声しか出ない。
照れくさくなって
不意に視線を外すと
あっ、と短く彼女の声がした。



「忘れてた!」



かちゃかちゃと音を立てて
カートが私の前へ導かれる。

カートの上には
黄色いオムレツとサラダ、
香ばしい香りを放つトースト。

それにハートの模様の
描かれたカプチーノが
綺麗に陳列されていた。



「……美味しそうですね」



まだ湯気を立てるそれらを
見ると自然と口元が綻ぶ。

彼女は満足げに
そんな私を見詰めて、
(きっと彼女が作ったのだろう)
ケチャップを手に取った。



「……っと、これで完成」



卵色のオムレツの上に
鮮やかな赤で大きく書かれた
“Happy Birthday!”

彼女らしいプレゼント。

自分でも顔が緩んでいるのが
わかるくらいなのだから、
相当だらしのない顔を
しているだろう。



(まぁ、いいか……)



今日は執事じゃない。
ただの御堂要だ。
咎める人は誰もいない。



「あ、そうだ! 食べさせてあげます!」

「えっ、や、それは……」



思わずまごついた。

今日また一つ年を取った
いい大人が、17歳の少女に
食べさせてもらうというのは
ちょっとさすがに恥ずかしい。



「折角の誕生日ですし。ね?」



そんな意志とは裏腹に
ずい、と出されるスプーン。

可愛らしく小首を傾げる
彼女に逆らえるはずも
ないことをなんとはなしに
きっと彼女自身
感じ取っているのだろう。


すっかり彼女のペースだ。


にこにことご機嫌な様子の
彼女を見ていたら
何だか意地悪な気持ちが
沸々とわいてきて。

スプーンの代わりに
そっと彼女の唇に
自分のそれをそっと重ねた。



Happy Birthday Kaname!
(かっ、かなめさん……!?)
(折角の誕生日ですし。ね?)
(…………ッ!)




→あとがき
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