A serial novel

□夕闇メモリズム Z
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「ふざけんなよ!おい!!」


馬乗りのように睦がのしかかってくる。
三度シャツの襟を掴まれて、既に皺が寄っていた。


「お前何言ってんだよ!?蓉司は死んでないって…そう言って……俺にそう言ってくれたのはお前じゃねぇのかよ!?」


周りの建物に声が反響して、睦の叫び声がいつまでも鼓膜にこだまする。
絞め殺さんとばかりに腕に力を込めて、がくがくと哲雄の身体を揺さぶった。


「冗談だって言えよ!全部嘘だ、覚えてるって!蓉司の顔も、声も、思い出せよ!何忘れたふりしてんだよ!!」


呼吸が苦しくなってきて、哲雄は睦の腕を掴んで引き離す。
それでも掴み掛かろうと無茶苦茶にもがくが、体格差もあってそれはいつまで経っても叶わない。


「なん…っで…」


やがてずるずると睦の身体が崩れ落ちた。
哲雄の腹の上でへたりとくず折れ、肩を震わせる。


「なんで…だよ…っ!」


シャツの胸元辺りが、ぽつりと色が変わる。
一つだけだったそれは、段々増えていって悲痛の模様を作った。


「なんでなんだよ…!?」


声が、身体が、魂が泣いていた。
睦の頬から滑り落ちる涙が、哲雄のシャツを染めていく。


間近の嗚咽は哲雄の心をずたずたに掻き乱して、痛みをもたらした。


睦が泣いているから辛いのではなく、その理由を理解出来ない自分を恥じる。


でも、どうしようもなかった。


本当に、何も分からないのだから。


「…三田」


名を呼ぶと睦は乱暴に顔を拭うが、次から次へと溢れてくる涙によってそれは意味を成さない行為だった。


「……俺…ようやく……ようやくお前の事…ちゃんと…普通に好きになれてたのに……」


くぐもる声で、告げられる。


「ようやくお前が蓉司の事思い出してくれたって……蓉司は死んでないって言ってくれて…俺…めちゃくちゃ嬉しかったのに……」


今更ながらに殴られた顔が痛む。
いや、顔だけではないのかもしれない。


「なのに……なんで……なんで……!!」


赤くなった拳を握り締め、ついでに濡れた服も巻き込んだ。
頭が垂れてきて、跳ねた髪が哲雄の胸に散る。
細かく震える身体が、やけに小さく見えた。


 
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